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七国春秋  作者: 弥生遼
仮面の理
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仮面の理~6~

 秩序が乱されようとしている。

 中原は時として覇者によって運営され、義王は御簾の中で象徴として君臨していればよかった。それを静公―源桓は、義王に御簾の中から出てもらって中原の実質的な指導者になってもらおうと言い出した。

 それこそが本来のあるべき姿なのだ。

 確かにその通りだろう。義王が御簾の中に隠れたのは第五代義王―義充が始まりであり、それまでは義王が中原の秩序を担っていた。だが、それは昔のことなのだ。今は義王が垂簾政治を行っていても何ら問題がない。秩序は守られているではないか。

 『静公は尤もらしいことを言っているが、秩序を破壊しようとしているだけではないか』

 あと半年で服喪を終えた義毘が新たな義王となる。そうなれば源桓は祝賀と称して各国国主を引き連れて界畿にやってくるだろう。そうなれば源桓は義毘との面会を言い出し、例の件を切り出すかもしれない。界號としてはそれまでに何とかして源桓の思惑を阻止しなければならなかった。

 ひとまず界號は界家の一族である界亜伯に相談することにした。界亜伯の家系は界国では傳役家と呼ばれており、義王の子供達を養育する役目を担っていた。要するに義毘は界亜伯によって育てられており、義毘の人となりを知るには最適の人物であった。

 「號よ。葬送の儀はご苦労だったな。その労いの場を設けなければと思っていたところだ」

 相談に訪れた界號を界亜伯は喜んで迎えた。界號と界亜伯は年が近いこともあり、肝胆相照す仲であった。

 「しかし、お前の方から相談があると言ってくるのは珍しいな。どうした?」

 界亜伯が瓶を差し出したので界號は杯を手にした。

 「実は……」

 界號は余すことなく源桓との会話を伝えた。

 「なるほどなぁ。それは問題だな」

 「静公は中原の秩序を乱そうとしている。これは阻止しなければならないのだが、まずは義毘様がどのような御方か知っておきたい。仮に義毘様のこのことが耳に入った時、どのような反応を示されるか知っておきたい」

 実のところ界號は義毘の容姿すら知らない。義王の子供は生まれとすぐに傳役家に預けられ、界家本家の人間と初めて顔を合わせるのは義王に即位した時だった。

 「義毘様の人となりなぁ」

 界亜伯は虚空を見つめた。しばらくした後、唇をなめてから答えた。

 「学問はできるが、武芸は得意ではないな。容姿はさほど特色がない。至って普通だ」

 「普通とはよく分からぬ言い方だな」

 「普通だからそうとしか言い様がない。顔が長いとか鼻が大きいとか禿頭だとか秀でたものがあればいいのだが、何もない。普通の青年だ」

 私達が若かった頃のようにな、と界亜伯は笑った。

 「それで性格は?」

 「大人しい方だ。私に逆らったことないし、他の者にも同様だ」

 「ふむ……」

 従順であるならば界號としても御しやすいかもしれない。あるいは源桓と対面させたら彼の弁舌に押し切られるかもしれない。

 「亜伯。もし仮に静公が例の件を持ち出してきた時、義毘様は応じると思うか?」

 「どうであろうな。分からぬとしか言いようがない。しかし、號が静公に会ってはならぬと言えば、そのとおりになさるかもしれんぞ。それだけの従順さはある」

 なるほど、と界號は思った。要するに義毘と先に会うのは界號なのである。その界號がうまい具合に義毘を御してしまえば、源桓と対面したとしても界號の言に従うであろうというのが界亜伯の見識であった。

 「赤子の鳥は最初に見た鳥を母鳥と思う。まさにそれだな」

 界亜伯にあって胸のつかえがとれたように思えた。

 「だが、油断をするなよ、號。服喪が終わるまで座視しているよりも、打てる手は打っておいた方がいい」

 確かにそのとおりであるかもしれない。しかし、何をどうすべきかまでは思い至らなかった。

 「それはあれよ。お前の家宰に相談すればいい。こういう時に知恵を授けるのが賈家の役目であろう」

 界亜伯もよい知恵が浮かばぬらしい。界家はそういう政治的な駆け引きや策謀が苦手であった。

 「それもまた良きことを聞いた。亜伯よ、今日は色々と助かった」

 「良いことよ。すべてが界家のためだ」

 界亜伯は笑って杯の酒を飲み干した。この男が身内で本当によかったと界號は心の底から思った。

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