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七国春秋  作者: 弥生遼
仮面の理
712/963

仮面の理~4~

 どうして義王は人前に姿を晒さなくなったのか。

 そもそも義王が中原において領地を持たず、界国内の義央宮を住まいとするようになったのか。

 後者については諸説ある。初代界公が初代義王の弟であったとか、実は初代界公が女性で義王と夫婦であったとも言われており、今のところ定見がない。しかし、前者については明確な記述が残されている。

 それは五代目義王―義充の御代のことである。義充は若くして義王の座につき、その聡明さをもって中原をよく治めていたという。しかし、幼少の頃に皮膚病を患い、顔に大きなあざができていた。それを恥とした義充は仮面を付け始めた。当初は奇異に思っていた各国国主も義充の心情を思って特に意見をすることはなかった。やがて月日が過ぎると皮膚病によるあざが全身に広がり、義充はその姿自体を人目に晒すことを嫌がるようになった。

 「いかがでありましょう。御座の前に御簾を下ろしてみては。そもそも尊貴な方が簡単に龍顔を晒すというのも考えものでございます」

 そのように助言したのが時の界公―界荘であった。最初は御簾を下ろすだけであったが、やがて義充と各国国主を直接対面させないようにした。これには各国国主が当然のように反発した。

 「界公が王を私物化している!」

 彼らは憤りを顕にしたが、当の義充が表に出たくないと言っている以上、強制させることもできなかった。それに各国国主からすれば、義王が自国の政治に口出ししなくなったので寧ろありがたく思うようになった。

 歴代界公の中でも妖怪と評されるほど政治的な辣腕を振るった界荘は、あざに悩む義充を表舞台から遠ざけることにより義王の代理人が如く振舞うことに成功した。

 これ以後、義王は表舞台に現れず、界公がその代行者になった。各国国主が義王のもとに伺候することがなくなったのもこの時期からであった。義王の存在が中原の支配者から精神的な象徴となり、中原にもめ事が起これば当代で最も力を持った国主―覇者が解決する時代へと変貌していった。


 義典という王は、義充から続く義王の伝統を堅守する従順な王であった。表向きの政治には口を差し挟まず、王としての責務である祭礼を淡々とこなしていた。界號からすれば実に仕えやすい君主であった。

 界號が界公になって義典が亡くなるまでの十二年間、主従の間に波風が立つことはなかった。界號も義王の代理者としてよく振舞い、だからと言ってすでに構築された中原の統治慣習、要するに覇者による中原の秩序維持という体制を崩すようなことはしなかった。それが界公のあるべき姿であるというのが界號の考え方であり、歴代界公が示してきた教えであった。

 自分が界公である限り、そして自分の子孫が界公である限り、先祖代々が築き上げた慣習は守られる。界號はそう信じて疑わなかった。


 義典が亡くなり、義毘が服喪をしている間、界號は多忙であった。界公としての仕事もあり、本来は義王がしなければならない祭礼の代行もしなければならなかった。肉体的な疲れはあるものの、定められたことをこなすことには慣れており、界號にとっては平穏な日々が続いた。

 義典が亡くなり半年ほどが過ぎたある日、静公が界畿を訪ねてくるという報せがもたらされた。

 「静公自らか?」

 国主が界畿を訪ねてくることはほぼない。国主が交代した時、その報告として界畿を訪ねて義王と対面することはあるが、それすらも代理の使者を寄こしてくることが多かった。

 「静公はどのような要件で来るのだろうか?」

 先触れの使者が持ってきた書状には来訪理由は何も書かれていなかった。当然、使者も何も語らなかった。

 「さて……。静公が交代するという話は聞いておりませんから、何故でありましょうや」

 何事にも鋭い賈陰も洞察することができないようだった。

 「静公は覇者を気取っている……。中原の秩序を乱すようなことを言い出さなければよいのだが……」

 界號の不安は秩序を乱されることであった。今の中原は良く治まり、界號の界公としての日々も順調である。それを乱すようなことだけはして欲しくなかった。


 

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