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七国春秋  作者: 弥生遼
仮面の理
710/963

仮面の理~2~

 まだ夜は開けない。界號はわずかな供回りを連れて各国の弔問使がいる宿舎に向かう。

 すでに先触れの使者を宿舎に派遣している。弔問使達は今頃慌てて酔いを醒まし、衣服を改めているだろう。その時間を稼いでやるために界公はゆっくりと歩き、遠回りをした。

 随分と時間をかけて宿舎に到着した。界號は無言で宿舎に入り、弔問使が待っている部屋へと進んだ。

 部屋には六人の弔問使が端座していた。彼らは界號が入ってくると深く頭を下げた。界號は軽く会釈して上座に座った。しばらくの間があって弔問使が頭を上げた。いずれも顔が真っ赤で酒臭かった。

 「葬送の儀、恙無く終了いたしました。弔問使の皆様におかれてましてはご苦労様でした」

 ご苦労も何も弔問使などは何もしていない。遠路遥々界畿に来て、界公に弔辞を述べて金銭を渡し、ここで他の国の弔問使と酒を酌み交わしただけである。苦労らしい苦労などしていなかった。

 「界公におかれましても御勤めご苦労様でした」

 六人を代表して静国の弔問使が口上した。

 「それで次期義王は?」

 次に口を開いたのは泉国の弔問使である。発言する順番は各国の力順になっている。今の中原で最も発言権があるのは静公。覇者を自認しており、それを支えているのが隣国泉国の泉公であった。

 「義毘様が継がれます。一年の服喪の後、正式に義王の座に就かれます」

 義典の息子義毘はすでに義央宮の一室において服喪に入っている。一年後に喪が開けて、義王に即位する。その間、義王は空位となり、界公が代行する。

 「それでは一年後、喪が開けましたら即位の儀を行いますので、ぜひとも各国の国主におかれましては参加されるように」

 「謹んで」

 静国の弔問使は言ったが、即位式の時も国主は来ないであろう。それがすでに慣例となっていた。ともかくもこれで葬送における界號の仕事は終了となった。


 宿舎を出ると東の山際が明るくなりはじめている。

 疲れた足取りで歩きながら街の様子を眺めていると、すでに起きて活動している人々がいた。荷物を背負って界畿から出ようとしている商人。逆に界畿に入ってきた積荷を受けるために商店の軒先を開けている者もいた。

 「喪が開けて今日から民衆達の生活も元通りですな」

 従者の一人が誰に言うでもなく呟いた。義典が亡くなってから一か月間は界畿全体が服喪の期間となり、民衆の活動も制限されていた。食料品などの日常品を販売している商店の営業は夕刻に限られ、酒場などの遊興施設は終日閉鎖されていた。義典の埋葬が終了したことにより民衆が行うべき服喪も終了となった。

 「いかがですかな、御同輩。今宵は久しぶりに飲みませんかな?」

 別の従者が他の従者を誘っていた。彼らはずっと義典の葬儀のために奔走し、同時に喪に服して酒を断っていた。

 「明日は休みでもいいが、羽目を外し過ぎるなよ」

 界號が言うと、従者達はわっと声を上げた。彼らも服喪の期間中、ずっと我慢してきたことがあるのだろう。

 「主上もいかがですか?たまには市井の酒場で飲むのもいいものですよ」

 「私はいい。私がいては気兼ねして楽しめぬだろう」

 気を利かせたことを言ったつもりだが、本音を言えばそのような付き合いが煩わしいだけだった。部下と酒を飲むなど、界號の習慣の中にはなかった。


 屋敷に戻った界號はやや遅めの朝食を取った。疲労が溜まり、睡魔が襲ってくる。食事を軽く済ませ、しばらく寝かせてもらおうと思っていると、家宰の賈陰がやってきた。

 「食事が御済みになられたところ申し訳ありません。今後のことでございます」

 「ふむ。構わん」

 界號は茶を喫しながら賈陰の話を聞くことにした。

 「義典様が亡くなり義毘様が即位されることになりますが、義毘様が一年間の服喪をされている間、主上が義王の代行となります」

 「承知している。と言って、義王が政治をみているわけではないからな」

 義王とは象徴でしかない。界公以上に政治というものをする必要がない存在であった。

 「左様ではございますが、儀式は多く御座います」

 賈陰の言うとおり、義王の生活とは儀式の連続であった。毎日のように神事があり、それをこなさなければならなかった。

 「神事ならば造作でもない」

 義王が行うべき神事もすべて歴代の界公によって書き記されている。それを行うなど造作もないことであった。

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