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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
707/963

浮草の夢~85~

 しばらくこの物語を続けたい。


 安黒胡を殺害した後、安遁は吉野奪還に動き出した。しかし、安黒胡という絶対的な柱を信じてきた多くの兵士がその死の真相を知り離脱していった。総兵数は三千名以下となり、安遁は北へと帰るしかなかった。

 それでも一角の勢力である安遁軍は抗い続け、征討将軍となった源真によって平定されるのに一年余りの歳月を費やした。

 余談ながら安遁の最期は憐れであった。源真によって吉野を奪還されてなお、安遁は自身は静国国主のつもりでいた。立ち振る舞いもそのように行い、他者にも国主としての対応を要求した。当初は付き従っていた者達も、北上する源真軍に連戦連敗し、自分達の勢力の脆弱さを思い知ると、やがては心が離れていった。

 それに対して安遁は国主として尊大であることを忘れられず、自軍の敗戦が続くと酒と女に溺れていった。

 「これはいよいよ仕えるべき主君の下に行くべきではないでしょうか?」

 安遁の重臣達は、源真軍が平水を占拠したと知ると、互いに示し合わせて安遁を殺害した。安遁の亡骸は八つ裂きにされ、重臣達はそれぞれの部位を手柄の証として源真に降った。

 「安遁は幸せ者よな。重臣達はお前の頭や手や足を後生大事に持参するほど、お前と一緒にいたいらしい」

 源真は皮肉たっぷりの言葉を浴びせると、毅然として言い放った。

 「そこまで安遁へ忠誠心があるというのなら、お望み通り安遁のいる場所へと連れて行ってやろう。しかも同じようなやり方でな」

 源真は決して血を好む男ではなかった。しかし、時として狂暴さをもって衆人を鎮めさせるという術を知っており、この場合においては安遁の重臣達が行った不義理を正せねばならなかった。

 『主君を殺して命を助かろうとする精神を許しては国家の根本を揺るがすことになる』

 源真はそのことを天下に示す必要があった。安遁を殺した重臣達は、安遁と同じように殺され、その四肢は八つ裂きにされて鵬谷近郊の山に捨てられた。

 こうして安氏の乱は集結することになった。


 藤純の抵抗はもう少し続いた。

 紫水の攻略を諦めた藤純であったが、彼の本来の武器である海上戦力をもって静国東方の海域を暴れまわった。

 しかし、藤純にできたのはそのような海賊行為ぐらいであり、以前ほどの勢力を取り戻すことができなかった。やがて東方海賊の行動が手詰まりになってくると、源真が布告を行った。

 「海賊行為などを止め、これまでの罪を認めて降るのであれば、これを許して静国内に土地を与えよう」

 源真は甘い言葉をもって東方海賊の内部分裂を狙った。安遁を殺害した重臣達には苛烈な処分をくだした源真であったが、この約束だけは忠実に守った。

 最初は源真の言葉を信じなかった海賊達も、先に降ったかつての仲間達が本当に土地を与えられ静国内で生活できていると知ると、次から次へと藤純のもとを離れていった。

 「これまでだな。利と情けをもって取り込もうとする者に勝てるはずがない」

 藤純は完敗だと思った。源冬は圧倒的武力をもって屈服させた。それで東方海賊は壊滅させられたが、藤純の不屈の精神は決して折れなかった。しかし、武力をもって攻撃されていないのに仲間が一人二人と減っていく状況はどのようにしていいのか分からず、打てる手がなかった。藤純自身も源真に投降した。

 「自ら降るとは殊勝なことだ。しかし、東方海賊の頭目であったお前を他の者達と同様に許すわけにはいかない」

 藤純と面会した源真はそのように言ったが、極刑にはしなかった。南海の孤島への島流しとなったが、四年後に恩赦をもって解放された。その後の藤純の行方を知る者はなく、東方海賊の乱も完全に収束した。


 さて、その恩赦のことである。恩赦が行われた理由は源真が国主に即位したためである。

 源冬から譲位を受けた源円の知性はわずか五年に過ぎなかった。源円が死去したわけではなく、譲位をしたわけでもなかった。源真が追放したのである。

 源円は即位後、君主として大過なく務めを果たしていた。一方で安遁や藤純を討伐するために征討将軍となった源真は次々と目覚ましい成果を治め、人臣の誰しもが源真のことを褒め称えた。

 「流石は源真様だ。吉野を奪還した才略と気骨はまさに源家の未来そのものだ」

 「安黒胡が大軍をもってして吉野を襲ってきた時も、源真様が主上の進言してあのような戦いができたらしい」

 そのような声を気にしていなかった源円であったが、次第にその声が大きくなってくると不安と不快を感じるようになった。

 『国主は我ぞ』

 源真の才能は認めるが、その名声を凌駕されては国主として立つ瀬がなかった。だからと言って源円に源真以外に子はなく、他に源家の血を引いている男児はいない。源円は不快感に耐えるしかなかった。

 これに対して源真の方が敏感に反応した。正確には敏感に反応して見せたと言っていいかもしれない。

 「父上は俺を廃しようとしている!」

 父の見せる不満げな言動を源真は利用した。これほどまでに国家のために働いているにも関わらず、自分を廃嫡しようとしている。源真はそれを声を大にして言うことにより、世間の同情を買い、ついには父を国主の座から追うことに成功した。

 こうして静国の国主となった源真は、以後三十年近くに渡り善政を行い、静国きっての名君として名を遺すこととなった。

 

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