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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
705/963

浮草の夢~83~

 「なんでここに俺が……と思っているような顔だな。ふん。親子共々逃げると思っていたが、子だけなのだな」

 源真は実に愉快そうであった。見事に罠にかかった果明子達をあざ笑うようではあったが、他に人影はないし、警備兵を呼ぶ様子もなかった。

 「どうして真様が……」

 「偉くなると、どうにも下働きのことを忘れるからね。今宵は北門の警備でもしようかと思ったんだよ」

 絶対嘘だ。果明子が挑むような目で源真を見ていると、いい目をしているな、と源真は言った。

 「はぐらかさないでください!」

 「ふふ。単純なことだよ。お前達が吉野宮を脱出しようとしたことは俺に筒抜けだったんだよ。この吉野宮から脱出するなんてどんな気骨ある奴かと見ておきたかったんだ」

 意地悪だな俺は、と源真は笑った。

 「そんな馬鹿な……」

 「ついでに教えてやろう。外で待っている馬車は法岩のものであろう」

 果明子の顔が凍り付いた。確かに吉野脱出の手助けと後の世話を秋桜が頼んだのは商人の法岩であった。

 「そんな……」

 「あやつは商人だ。利に聡い。脱出の話を俺に教えてくれたのは法岩だ。頓女はもう終わりと見て日和ったのだよ。よくよく考えてみろ。清夫人を裏切って頓女に寝返ったような奴だぞ。そんな奴を信用した方が悪い」

 「公妃様を頓女などと呼ぶな!」

 果明子は強がってみせた。ここは弱弱しさを見せては負けだと思った。

 「ふん。気が強い女だ。嫌いではないぞ」

 源真は果明子の両頬を片手で掴んだ。それでも果明子は挑むような視線を崩さなかった。

 「明子に手を出すな。太子の狙いは私だろ。さぁ、私を捕らえろ」

 源代が源真の腕を掴んだ。まだまだ小さな手は圧倒的強者に挑もうとしてわずかに震えていた。

 「お前もよい目をしているな。自分を犠牲にしても侍女を助けようとする意気。それでこそ源家の人間だ」

 源真は果明子の頬を掴んでいた手を離した。その隙にさっと源代が果明子の前に立った。

 「代様、いけません!」

 「母親といい、この小僧といい。源家にとってはよい風であったはずなのだがな。何が過ちであったのか……」

 そう言うと源真は懐から金子袋を取り出し、果明子に投げ渡した。

 「これで唐和という邑へ行け。俺の領地だ。すでに家宰には伝えてある。悪いようにはしない」

 「助けてくれるのですか?」

 果明子は疑念をもって訊ねた。

 「仮初にもその小僧は俺の叔父さんだからな。流石に殺すには忍びない」

 「だったら公妃様も……」

 「頓女は別だ。俺としても無駄な血を流すのは好まん。しかし、天下万民がそれを願い以上、従わねばならん」

 それが源真の本音なのだろう。果明子はそう思うことにした。どちらにしろ法岩には裏切られたのだ。源真を信じ、身を委ねるしかなかった。

 「俺のことを信じないのならそれでもいい」

 「今はもう信じるしかないと思っています」

 「それでいい。代よ。ひとつ言っておく。もしお前が母の死を恨み、よからぬことを企むのならそれもいい。しかし、その場合は俺が全力をもって相手する。大人しくしているのなら、命の保証をしてやる。意味は分かるな?」

 分かる、と源代は力強く答えた。

 「答えは出たようだな。では、北門を出ても待っている馬車に乗らず、西へ走れ。道標のとろこで駅馬車を待たせてある。その金子を渡せば唐和まで世話を焼いてくれるはずだ」

 俺もしばらくしたら唐和へ行く、と言って源真は詰所へと戻っていった。

 「太子。どうして逃がしてくれるのですか?」

 果明子はもう一度訊いた。

 「言っただろう。俺は無駄な血を流すのが好きではないのだ。だが、時として血を流す必要があるのであれば、容赦なくする」

 それが俺だ、と言って源真は詰所から鍵を取ってきて北門を開けた。源代は黙ってうなずきながらも、今にも泣きそうな顔になっていた。果明子は源代の手を引きながら源真に一礼して門を抜けていった。

 源代と果明子の失踪は翌日発覚し騒ぎとなったが、源円が両者の探索よりも秋桜の処刑を優先するように指示したので、有耶無耶になってしまった。源真も捨てておけと言うだけであり、全く取り合わなかった。

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