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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
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黄昏の泉~7~

 翌朝、樹弘達は桃厘を出発した。ここからはやや西を向きながら街道を北上する。順調に行けば十日ほどで国都泉春に到着する。蘆明が危惧した賊の襲撃もなく、一日二日と旅程を消化していった。

 その道中、思いも寄らない情報に接することになった。

 「公子がお立ちになられただと!」

 その情報は街道ですれ違った商人から聞いたことであった。蘆明は驚きの声を上げた。

 公子とは泉弁の息子泉淡のことである。彼は太子として立てられていたが、相房の決起の時、運よく泉春から脱出したとされている。同時に泉国の神器である泉姫の剣を持ち出したとされ、十五年経った今でもその行方を知れていなかった。

 「公子淡か……。しかし、今になって……」

 老人も驚いているようであった。

 「十五年。長い歳月であったが、公子はずっと雌伏されておられたのだ」

 蘆明は薄っすらと感激の涙を浮かべていた。それから蘆明は、喉を乾かした旅人は水を欲するが如く、公子淡に関する情報を得ようとした。時折、蘆明は隊列から離れ、街道周辺の集落や市などに出かけていくようになった。

 「どうやら公子は貴輝におられるらしい」

 蘆明は興奮気味に樹弘に話した。公子淡の手元には神器である泉姫の剣があり、衆人の前で見事に抜いて見せたらしい。それにより、貴輝には泉氏を慕う旧臣達が終結してるとのことであった。

 蘆明の顔には今すぐにでも貴輝に行きたいと書いてあった。しかし、老人との契約があるので、それを口に出せなかった。

 老人も蘆明の心情を思ってか、公子淡の決起については必要以上に語らなかった。ただ、蘆明がいない所で樹弘にはこう漏らした。

 「蘆君は逸っている。貴輝で決起した公子が本物であるとはまだ分からないのに……」

 老人は血気盛んな蘆明を憐れでいるようでもあった。


 桃厘を出て四日目の夜。近くに宿場町が見つからなかったので、樹弘達は野宿することになった。

 「まだ緑山党の連中が近くにいるかもしれない。荷馬車は森の中に隠し、見張りを増やそう。交代で休んでくれ」

 蘆明はてきぱきと指示を下していった。樹弘もそれに従い、目をさらにして周囲を警戒していたが変化はなかった。

 「樹君。交替しよう」

 夜が更けた頃、蘆明が交代を申し出てくれた。ちょうど睡魔に襲われそうになってきた頃合なので、非常にありがたかった。

 「ありがとうございます」

 「剣は傍において眠れよ」

 蘆明の忠告どおり、樹弘は家宝といわれる鈍らを背負ったまま、支給された剣を抱いて寝転んだ。すぐさま樹弘は眠りに落ちた。

 どれほど寝ただろうか。わずかに深い眠りから浮上し、覚醒を迎える前のまどろみを迎えようとしていた。そろそろ起きてまた誰かと交替して見張りをしようか、とまどろみの中で思っている時であった。

 「賊だ!」

 怒号にちかい叫び声が樹弘を完全に覚醒させた。跳ね起きた樹弘であったが、すでに周囲では賊と警護者達が剣を交えていた。

 「樹君!馬車を守れ!」

 賊と剣を合わせている蘆明が叫んだ。鞘を投げ捨てた樹弘は剣を構えた。馬車を背にして周囲に気を配った。賊がどれほどの数か。味方はどうなったか。まるで状況が把握できなかった。

 「ぐうっ……」

 樹弘の目の前で警護者が切られ地面に倒れた。その賊が今度は樹弘に狙いをつけて襲いかかってきた。

 「たぁぁっ!」

 樹弘は腹に力を入れて、気合を込めて声を発した。人と切り合う時は技術よりも気合である。剣術の師匠が教えてくれたことであった。

 『守りに入れば引く。引いては後手に回る。踏み込め!』

 樹弘は賊に向かっていった。意表を疲れた賊がわずかに戸惑いを見せた。その隙を樹弘は見逃さなかった。一気に賊の懐に飛び込むと、その腹部に剣先をねじ込んだ。賊はうめき声を上げながら膝を突いて倒れた。味方がやられたことで、別の賊が樹弘を狙ってきた。

 「くそっ!」

 樹弘は慌てて倒した賊から剣を引き抜こうとした。しかし、思いの他深く突き刺さったのか、なかなか抜けなかった。樹弘はやむを得ず剣から手を離した。

 賊は樹弘が武器を失ったのを見て下卑た笑みを浮かべ、そろりそろりと樹弘との距離を詰めた。樹弘は自然と背中にある鈍らに手をかけた。

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