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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~64~

 源冬の親書を携えた使者は安黒胡が鵬谷へと向かった。使者は勅使となる。安黒胡は丁重に勅使を迎えた。

 「畏れ多くも主上の宸筆であらされる。謹んで受け取るように」

 使者は上座に座り、安黒胡に親書を手渡した。恭しく受け取った安黒胡は親書を押戴いた。

 「安将軍は果報者よ。主上から宸筆の親書が下されるのは稀有なことよ。親書故、早急な返事は無用とのこと。後でゆっくりと拝読するがいい」

 恩着せがましく言った使者をもてなさなければならなかったので安黒胡が親書を開いたのは使者が吉野へと帰った後になってしまった。私室で親書を開き、読み始めた安黒胡は、読み進めるうちに手が震え始めた。

 「な、何なのだ!これは!」

 親書の内容は安黒胡のことを問責するものであった。先日、吉野に上京した時に献上品がなかったことと源冬に諫言したことを厳しい口調で責めていた。そして、それを許して欲しいのなら多額の金銭と離宮建設のために人員を出すようにと書かれていた。

 「これは本当に主上が書かれたものなのか……」

 安黒胡には源冬の宸筆の真贋が分からなかった。というよりも源冬の宸筆を知る者など吉野宮に数人いる程度で、真贋を確かめる術がなかった。

 「そうだ、花押だ」

 安黒胡の手元には源冬が祐筆に書かせた書状があった。文字は祐筆に書かせていても花押は源冬の手によるものである。安黒胡は祐筆に書かせた書状と今回の親書にある花押を比べてみた。まるで同じであった。

 「本物だと言うのか……」

 本物であるとして親書に書かれたことを実行しようものなら間違いなく暴動が発生する。自らの思考の範疇を超えようとしている事態になっていると感じた安黒胡は弟の安義四を呼んだ。

 「兄貴、これが今の吉野宮の正体だ。意地でも離宮を建設しようする頓女と頓庸に支配されている。これを除かない限り、静国の未来はない」

 親書を一読した安義四は迷うことなく言い切った。

 「しかし……」

 「しかしもなにもないぞ、兄貴。このままでいては何も始まらん。また問責の使者が来て、今度はさらに罪を問うために吉野に召喚されるかもしれない。そうなれば命がないかもしれないぞ」

 「俺の命のことはいい。だが、このままでは兵士達が可哀そうではないか」

 もし安黒胡が将軍の地位をはく奪されるか、あるいは生命を奪われれば、北部駐屯軍の兵士達はどうなるか。その家族たちはどうなるか。想像するだけで安黒胡は胸を締め付けられた。

 「だったらやることはひとつだ、兄貴。藤純がここに紛れ込んだのも何かの運命だ。もし、兄貴がやらないのなら、俺と藤純でやる」

 安義四にここまで言われても安黒胡は躊躇った。この優柔不断が安黒胡にとっては致命傷となった。安黒胡が立たぬと知った一部過激派が鵬谷近郊の食糧備蓄庫を襲撃したのである。この備蓄庫は吉野へと贈られる食糧が集積されており、彼ら過激派が狙うには格好の標的となった。

 「まずい!」

 襲撃の一報を得た安黒胡は立ち上がって叫んだ。一部の過激派の兵士達が仕出かしたこととはいえ、責任は安黒胡にある。これで北部駐屯軍に調査が入れば、藤純を処罰せずにいたことも露見する。安黒胡は一気に窮地に追い込まれてしまう。

 『やるしかない!』

 安黒胡は決断した。源冬への忠誠心よりも部下の兵士達と自分の生命を守る道を選んだ。

 謀反を起こすと決めた安黒胡は軟禁している藤純のもとを訪れて決起する旨を伝えた。

 「安将軍、よくぞ決断された。俺も将軍の一兵卒として戦うぞ」

 藤純は血気盛んにそう言ってくれたが、安黒胡には別の思惑があった。

 「藤純殿。あなたは東方海賊の頭目だ。東方海賊を再建して、海上からかく乱して欲しい」

 やるからには確実に成功させねばならない。そうなれば味方となる勢力がいた方が良い。そのように判断した安黒胡は藤純に東方海賊という一大勢力を再建させることにした。

 「東方海賊を?」

 「そうだ。資金は用意した。俺としては決起した以上、君側の奸臣を排除するという目的をなんとしても達成したい。そのためには二、三年では決着はつかないと思っている。それだけの歳月があれば海賊の再建はできよう」

 「三年、いや一年で十分だ。将軍の期待に絶対応える」

 藤純は硬く約束して鵬谷を去っていった。

 「さて、やるぞ。まずは平水を目指す」

 平水は鵬谷から最も近い大規模な邑である。そこを攻め落とすことで兵を挙げたことを天下に喧伝することにした。



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