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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~60~

 政変から一週間後、頓庸が丞相に任命された。大抜擢の人事ではあったが、驚く者は誰もいなかった。今回の政変で主導的な働きをしたのは表向きには頓庸であると思われており、しかも源冬の愛妾秋桜の弟なのである。この人事を不快に思う者は多かったが、率先して異論を唱える者はいなかった。

 続いて源冬は秋桜を公妃とすることを宣言した。これについても驚く者などおらず、頓庸の息のかかった者で占められた閣僚達からの反論はなかった。

 秋桜を公妃にするに当たって源冬は源円が太子であると改めて言明した。これは明かに秋桜の息子源代が太子になるのではないかという源円一派の不安を取り除くためであった。新たに丞相となった頓庸も、

 「円様はご成人され、公孫の真様も健やかにお育ちです。どうして太子を変える必要があろうか」

 と公言していた。しかし、腹の底では、

 『いずれ代を太子にしてみせる』

 と思っていた。源代が太子となり次期国主となれば、その叔父である頓庸の権力は絶大となる。だが、今はまだそこまでの実力は頓庸にはない。丞相として実績を積み、源冬が亡くなるか、老いて思考判断が衰えるまでは待つとうのは頓庸の考えであった。

 

 頓庸が丞相となり、秋桜が公妃となった。このことに対して源円は、既定路線であると分ってはいたものの、心中はやはり複雑であった。

 「常に気を張っておらねば、太子の座が危うくなる。お前も戒めるようにな」

 源円は息子である源真にくどいほど注意を促した。

 「父上。そのようにお考えならば一層の事、主上に退位を促し、武力をもって頓庸一派を一網打尽にすればいいではないですか?」

 「真!」

 「何を驚かれるのです。吉野の戦力を牛耳っているのは近衛兵長を兼ねる父上ですよ。先程、斑諸達を捕縛したのと同じことを頓庸に行うだけです」

 「そういうところだぞ、真。どこに頓庸の耳目があるか分らんのだ。今の会話を聞かれ主上に密告されてみろ。私達も謀反の疑いをかけられるのだぞ?」

 「だからこそですよ。やられる前にやってしまうのです」

 黙らんか、と源円が一喝したので源真はそれ以上何も言わなかった。

 「……と父上に怒られた。このまま主上や頓庸の目を気にしながら生きていくぐらいならぱっとやってしまった方が楽であろうに」

 その晩、源真は虞岐式を誘って行きつけの酒場で酒を飲んでいた。源真は公孫の立場ながら街中の酒場で飲むことを好み、よく虞岐式と飲み明かしていた。

 「よいではありませんか。どちらにしろ頓庸は長く今の地位にはおられますまい」

 「当たり前だ。陰謀で政権を得た者が天下に蔓延っていいことがあるか」

 そういう源真自身が後になって大陰謀を行うのだが、そのこともこの物語で触れるかもしれない。

 「太子の仰る通り、ここ数年は大人しくしておきましょう」

 「ふん、頓庸のお手並み拝見と言うことか。ただ、黙って見ているのは面白くないな」

 源真は不敵に笑いながら一気に杯を乾かした。


 頓庸が丞相となったことで源冬はあるひとつの懸案を実行することにした。

 「丞相。公妃のための離宮づくりが頓挫している。速やかに実行するように」

 源冬から命じられた頓庸は一瞬だけ逡巡した。頓庸は決して愚鈍ではない。今の静国の経済状況で離宮の建設などできるはずもないことは承知していた。しかし、ここで否と言えば、頓庸は源冬から見放されるかもしれない。その恐怖が頓庸をあらぬ方向に突き動かした。

 「承知いたしました。新たな公妃に相応しい離宮と致しましょう」

 やるからには徹底にやる。決断した頓庸は静国にこれまでなかった規模の離宮を建築することにした。そうなれば頓庸の名前も後世に残る。

 「中原全体から最高の材料を集め、静国全土の男児に労役を課す」

 官吏としての頓庸は財務に明るく、物事を計画的に推し進めることができる人物であったが、この時は信じられぬほど大雑把な計画を立てるだけであった。後に国主となり、頓庸の事業を精査した源真は頓庸のことを、

 「官吏として細かいことをさせるには優秀であるかもしれないが、国家の計略に関わる大きなことになると何もできない男だ。丞相などになれる器ではなかったのだ」

 と評した。頓庸は早速に静国全土に労役のための徴用を行った。無論、このことは表向きは源冬によって行われた。ただでされ条国との戦闘で国民の生活が疲弊する中で、そこへ追い打ちをかけるような徴用。各所で働き手が奪われる結果となり、さらに経済への大きな打撃となった。そのことは徴用令の翌年すぐに兆候を見せ始めた。

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