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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~59~

 一連の政変は瞬く間に行われた。その手際は鮮やかと言わざるを得ず、源円によって閣僚達が拘束されている頃、頓庸を筆頭とした若手官吏達によって各卿の印璽が押さえられていた。

 「閣僚達は主上への謀反を企み拘束された。我らは勅命によって印璽の保全を行っている。歯向かうな!歯向かえばお前達も謀反人となるぞ」

 頓庸はそのように言いふらし、無事に各卿が執務室に保管している印璽を確保することができた。この動きも手際よく短時間で行われ、吉野宮では政変に気付かない者も少なくなかった。

 朝堂で閣僚を拘束することに成功した源円は、その報告のために奥宮にある源冬の執務室を訪れた。そこには源冬だけではなく高薛と頓庸がいた。

 『何故、頓庸がいるのだ……』

 源円は嫌な予感しかしなかった。頓庸がいくら今を時めく若手官吏の中心人物とはいえ、決して国主の執務室に入れるような身分ではなかった。何かしらの陰謀の臭いが源冬の鼻を突いていた。

 「ご苦労であった太子。流石は静国の国主とならんとする男だ。今回の働きによって太子の地位が不動のものであると世間に示したぞ」

 源冬は褒詞を授けたが、どうにも違和感のある内容であった。

 『どうして私が太子の地位にあることをこうも強調するのだ』

 源円は決して頭の血の巡りが悪い男ではない。すぐに源冬の真意を悟った。

 『そうか。頓庸がすべて裏で糸を引いているな。ということは頓女がいずれ公妃となる』

 秋桜が公妃となれば太子の座が危なくなるかもしれない。源円がそう考えてしまうと、今回の政変で力を貸さなくなるだけではなく、閣僚の側に立つかもしれない。源冬は協力させた礼として源円の太子としての地位が安泰なのだということを強調したのだろう。

 『嫌な立場に立たされたものだ』

 このまま素直に源冬の言うことに従っていれば太子としての地位はまさに安泰である。しかし、今回の政変はあまりにも唐突で正義がなさすぎる。いずれ国主になる者として最低限の政治的節度を示すべきではないか。わずかに葛藤した源円は拘束された時の斑諸の顔を思い出し、絞り出すように切り出した。

 「主上。斑諸達への謀反の疑い、いちいち尤もかもしれませんが、どうか寛大な御心をもって処分を御検討ください。いずれも国家にとって功績にある者達です」

 斑諸達が処分されることは、ここまで事態が進展した今となっては止めることができない。せめて処分を軽くできないだろうか。源円は大人しく拘束されて斑諸との約束を守るためにも、この意見は通さねばと思った。

 「寛大な……」

 源冬は不服そうな顔をした。まずいことを言ったか焦ったが、ここで引っ込めるわけにはいかなかった。

 「主上。主上には多くの家臣がおります。同時に多くの臣民がおります。彼らが不安を感じることなく、主上のために働けるようになさってください。今回のような騒動があれば、いつ自分が同じ目に遭うかと恐れる者もおりましょう。そのことをどうか御高察ください」

 源円は源冬に諫言すると同時に頓庸にも釘を刺すつもりでいた。今回の政変に頓庸が絡んでいるとすれば頓庸は閣僚の地位、あるいは丞相の地位を得るかもしれない。どちらにしろ頓庸は単なる官吏ではなくなり高位につくことになるだろう。しかし、その頓庸もいずれその地位を追われる立場になる。そのことを頓庸に知らしめる必要があった。

 「太子の言うことは尤もであろう。しかし、全く処分をしないというわけにもいくまい。法官を呼べ」

 源冬自身もどのような処分をするか判断がついていないらしい。過去の判例を知るためにその方面に知悉した法官を呼ばせた。法官はすぐにやってきた。源冬は早速に今回のような事件が過去にあったかを聞いた。

 「我が国の歴史において閣僚が謀反を起こしたことはありません。謀反自体でいえば、百二十年前に時の大将軍が謀反を起こしております。その時は当の大将軍が戦死しておりますので、大将軍自体に罪科が課された記録はありませんが、生前に遡って大将軍の地位をはく奪されております」

 「では、過去に閣僚が何かしらの罪を犯したことはあるか?」

 「いくつかございます。近々で申し上げれば五十年ほど前に時の式部卿が収賄により逮捕されております。その時は地位と財産をはく奪され、吉野から永久追放となっております。過去に最も重いのは七十五年前に時の中務卿が収賄を行ったうえに片棒を担いだ商人を口封じのために殺害しております」

 「その時の処分は?」

 「地位と財産をはく奪したうえ、北方の収容所への幽閉となっております」

 「ふむ……今回のこと、単なる収賄より上か、収賄からの殺人の方が下か」

 源冬は迷っている様子であった。源円としては自分がここにいるうちに斑諸達の処分を確定させておきたかった。もしここで源円を下がらせて思案されれば、きっと高薛や頓庸がいらざることを吹き込み、斑諸達を極刑とするかもしれない。そうならないためにも今のうちに言質を取っておきたかった。

 「主上!」

 「主上。ここは一夜じっくり考えられた方が……」

 やはり頓庸が要らざることを言ってきた。源円としてはやはり退くわけにはいかなかった。

 「主上!叡慮をお聞かせください。私としても静国の今後のことを思えば、確かな処分を聞かなければ安心して休めません」

 「分かった。斑諸を除く閣僚はその地位と財産をはく奪し、吉野からの追放とする。斑諸については謀反の主犯故、地位と財産をはく奪したうえで北方への幽閉とする。これでよかろう」

 源冬が根負けしたようであった。源円からすれば助命できただけで良しとすべきだろう。大きくひと息ついてから、

 「叡慮に感謝します」

 と言った。頓庸がわずかに悔しそうな表情を見せた。

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