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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
679/965

浮草の夢~57~

 離宮の建設を巡って源冬と閣僚達の間に軋轢が生じた後、源冬は朝議に出なくなってしまった。

 「子供じみたことを」

 斑諸などは当初はそう思って楽観していたが、それが数回続くと流石に不安になってきた。

 『主上は相当お怒りのようだ……』

 いくら地力のある門閥の出身とはいえ、当然ながら斑諸も源冬の家臣でしかない。斑諸の丞相としての力の源泉は源冬にあり、このままでは政治に支障をきたしてしまう。なんとかして源冬を朝議に出席してもらわねばならなかった。斑諸は高薛と接触しなければならなかった。

 「主上はまだ御冠だろうか?」

 高薛とは友好的な斑諸ではあったが、わざわざ源冬の動向を宦官に訊かなければならないのがどうにも情けなかった。

 「いやいや、お怒りの様子はありません。ただ少し御気分が優れないようで」

 「御病気か?」

 「御典医に診せましたが、首をひねっております。ただ、病とも思えぬということで御心のお疲れではないかと御典医は申しております」

 「御心の疲れ……」

 怒ってはいないにしても、源冬が斑諸達の対立にしこりを感じているのは確かであった。

 「すでに様々な案件で御裁可が必要なものが滞っております。何卒、主上に朝議に出席していただきますように高薛殿からも申し上げていただきませんか?」

 「それはお安い御用ですが……」

 高薛はやや自信なさそうに引き受けた。

 その二日後、斑諸と高薛は再び対面した。

 「主上の御気分はますますよろしくない様子です。寝台に伏せっており、朝議に出られるような状態ではありません」

 高薛の報告に斑諸は驚いた。やはり気の病ではなく、身体的な病ではないのか。そのことを高薛に訊いてみると、御典医も首をひねるばかりで、と答えるだけであった。

 「このままでは政治が停滞してしまいます。主上が朝議に出られないのであれば、太子に摂政となってもらうか、最悪の場合、御譲位していただいた方がよろしいかと思いますが……」

 斑諸はかなり際どいことを言っているという自覚がなかった。それも高薛のことを深く信頼していたからであろうが、これが命取りとなった。

 「御譲位となればそう簡単に参りません。しかし、太子を摂政とされるのならあるいは……」

 「では、閣僚達の諮って、連名にて奏上致しましょう」

 「きっと主上にお伝えいたします」

 早速に、と踵返した斑諸の背中を高薛は複雑な心境で見送った。


 高薛達からすれば、斑諸達は進んで罠にかかりに来たようなものであった。高薛が思い描いた計画では、なかなか朝議に出てこない源冬に苛立ち、譲位や退位を求めるように仕向けるつもりであったが、斑諸は自らそのことを口に出してくれた。高薛はすぐさま奥宮に向かい、源冬に奏上した。

 「斑諸達は主上が御健勝であるにもかかわず、主上から政治の権限を取り上げるどころか廃位を考えております」

 源冬は健康そのものである。当然、高薛の陰謀のことも百も承知であった。

 「うむ。けしからんことだ」

 「つきましては主上におかれましては、もうしばらく病になっていただきます」

 「分かった。すべてはお前に任せる」

 「お任せください」

 源冬の部屋から辞去した高薛は、人をやって頓庸と面会した。すでに気心の知れている頓庸は高薛から陰謀の全てを聞いて静かに手を打った。

 「流石は高薛殿。主上が御信頼されているだけのことはある。私も是非とも協力させていただく」

 斑諸達を排斥した頓庸からしたら、この陰謀はまさに渡りに船であった。これで実姉である秋桜が公妃となれば、頓庸の権威は増すばかりである。

 「近く閣僚達は太子を摂政とする旨の建白書を奏上するでしょう。官吏達はこれに反対ということで一致してもらいたい。主上はその建白書を退け、官吏達に閣僚達を排斥する勅命を下される。それから主上は太子をお呼びになって近衛を動かし、閣僚達を一挙に拘束するだろう」

 建白書を奏上した翌日、その可否を知るために閣僚達は全員朝堂に集まる。そこへ近衛を動かし、閣僚達を一網打尽にするのが目的であった。

 「委細承知しましたが、太子が乗るでしょうか?」

 「乗る。太子も自らが知らぬうちに閣僚達の片棒を担がされそうになったと知れば、その疑惑を否定するために協力せざるを得なくなります」

 「なるほど。了解しました。すべては高薛殿の仰せのままに」

 頓庸はすっかりと高薛の陰謀に乗っかってしまった。高薛は自らに陰謀の才があるかもしれないことにわずかな恐怖を感じていた。

 

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