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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
675/964

浮草の夢~53~

 高薛と頓庸が源円と密会した七日後。ついに清夫人が動いた。

 「障りがあるので離宮で静養致したいと思います」

 清夫人はそのような届け出を出して、吉野宮から離れた。趙鹿をはじめとした僅かな供回りだけが付き従った。

 「いよいよか。すぐに太子にお知らせしよう」

 後宮で清夫人の動向を知り得た高薛はすぐさま頓庸と源円に知らせた。

 「了解した。清夫人側の防備はそう多くない。我が私兵をもってすぐに出発する」

 源円は近衛兵長の職務にあるため近衛兵を動かす権限がある。しかし、今回のことで近衛兵を動かすつもりなかった。近衛兵を動かすとなれば時間がかかるし、近衛兵が後宮の争いに介入したことになる。その先例を残すわけにはいかなかった。

 「ご高配感謝します。太子には私が同行いたします。頓庸殿は吉野の留守をお願いいたします」

 高薛の提案に頓庸は了承した。呪詛という大罪で国主の第二夫人が拘禁されたと分れば騒ぎとなるだろう。頓庸にはその制御をしてもらわなければならなかった。


 吉野で高薛達の動きが慌ただしくなっているのを離宮に籠る清夫人は当然のように知らなかった。只管呪詛に向けての準備に余念がなく、趙鹿もその準備に追われていた。本来であるならば吉野に耳目となる者を置いてくるべきだったのだが、この二人は密事が露見するのを恐れてそのことを怠った。それが二人にとって致命傷となった。

 清夫人が三日目の沐浴を終えたその夜、源円は五十名ほどの兵士を率いて清夫人の離宮に踏み込んだ。

 「身柄を押さえるのは夫人と趙鹿だけでいい。あとは呪詛を行う祭壇を探せ」

 源円自身が先頭に立ち離宮に細かな指示を与えた。離宮にいた侍女や他の宦官は、突如として現れた源円と兵士達の前に成す術もなかった。彼らはここで呪詛が行われようとしているなど知るはずもなく、どうして太子と兵士が突入してきたのかと呆然とするばかりであった。

 清夫人と趙鹿の身柄はすぐに押さえることができた。清夫人は兵士達が踏み込んでくると、無礼者、と叫んでわずかばかりの抵抗を試みたが、源円の姿を認めると大人しくなった。

 祭壇づくりを行っていた趙鹿も大人しく縛についた。祭壇以外にも秋桜と源代の名前が書かれた誓紙も発見された。これ以上ない証拠を前にしているので言い訳することも放棄し、項垂れて兵士達に捕縛された。

 清夫人と趙鹿を無事捕縛すると源円はすぐに兵士を吉野に送り、留守をしている頓庸に報告した。その頓庸が源冬に奏上した。

 「何!清が秋桜と代に呪詛を行おうとしただと!」

 信じられぬという驚きと同時に怒りも滲み出ていた。

 「嘘ではないのだろうな?」

 「本当でございます。実は高薛様が事前に察知し、私に打ち明けられました。我々もまさかと思いましたが、事実であれば恐るべき大罪となりますので慎重に証拠を集め、事実であると分りましたので、太子の協力を得て今回の捕縛となった次第でございます」

 「どうして余に言わなかった?」

 「先程も申し上げました通り、事実であれば大罪となることです。主上の宸襟を騒がしてはなるまいと思いまして、秘密裏に捜査を行っておりました」

 どうぞお許しください、と頓庸が言うと幾分か冷静になったのか源冬はひとつ大きなため息をついた。

 「とりあえずは太子に二人を連行するように伝えよ。沙汰はそれからだ」

 源冬はやや憔悴の色を見せた。


 清夫人と趙鹿は罪人として吉野に連行された。清夫人は馬車に乗せられ、縄目の恥辱を受けることはなかったが、趙鹿は竹で編まれた籠に乗せられ、両手には縄がかけられた。

 趙鹿はすべてを諦めている様子で捕縛されてからは何も言葉を口にしなかった。一方で清夫人は馬車の中で喚き散らしていた。

 「これは何かの誤解じゃ。太子、主上に会わせておくれ」

 清夫人は馬車の窓を叩き、警備している兵士に懇願した。当然、源円は取り合わなかった。国主の夫人が犯した大罪。静国の歴史の中でそのような先例がないため、どのように裁かれるか。源円には想像もつかなかった。おそらくは源冬が自己の意思で裁かなければならないだろうが、どういう罰を与えるのか。それも問題となるだろう。

 『後は主上にお任せするしかない』

 源円は息子の忠告に従い、これ以上深くかかわらないつもりでいる。しかし、清夫人と源冬を合わせるつもりはなかった。

 『主上は秋桜のことを深く愛しているとはいえ、清夫人と面会すれば情が湧いて命だけは助けるかもしれない。そうなれば私は清夫人に恨まれ続ける』

 後宮には清夫人に心寄せる者も少なくないだろう。源円が将来、国主となって後宮の主となった時、色々とやりにくいことが出てくる。源円としてもここで清夫人に死んでもらわなければならなかった。

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