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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~52~

 高薛から訪問した旨の連絡を受けた時、源円は息子の源真と夕食を取っていた。

 「宦官殿が?今は食事中だ。後にせよ」

 「しかし、火急の要件らしく、すでに高薛殿もこちらに向かっているとのことです」

 家宰が実に申し訳なさそうに言った。

 「向かっているだと?慌ただしいことよ」

 源円とはいえ、源冬のお気に入りの宦官を無視はできない。会わねばならぬだろう。源円がそう思っていると、源真は不敵な笑みを浮かべていた。

 「何かあるのか?真」

 「正直、会わぬ方がよいでしょう、と申し上げたいのですが、父上は会われるのでしょうね」

 「会わぬわけにはいかんだろう。宦官とはいう高薛は主上のお気に入り、そして同行しているという頓庸も秋桜姫の弟。それが火急の件と言って来るのだ。会わぬ方が後々面倒なことになるだろう」

 「それでもそうですね。ま、お会いするのは自由です」

 「ふん。宦官殿が着いたら応接に案内しろ。真、お前は次の間で控えておれ」

 了解しました、と言って源真は残った食事を一気に口の中に描きこんだ。


 間を置かずして高薛と頓庸がやって来た。そこで清夫人による呪詛について聞かされた源円は身を堅くした。吉野宮においてとんでもない陰謀とそれに対する密事が進んでいることに平静ではいられなかった。

 「それは本当なのか?呪詛は大罪。そのことを知らぬ清夫人ではないぞ」

 本当に清夫人は秋桜に対して呪詛を行おうとしているのか。あるいは高薛と頓庸が清夫人を貶めるためにでっち上げているかもしれない。迂闊に話に乗れぬと思った源円は慎重になった。

 「本当です。すでに証拠も手にしております」

 高薛は法岩から入手した清夫人の購入品目一覧を源円に提出した。そして『中原山海秘本』も提出し、そこに書かれている呪詛の内容と比較させた。読み進めているうちに源円は青ざめた。清夫人が呪詛を行おうとしている証拠には十分になり得る。

 「すでに清夫人がこれらの物品を離宮に収め、呪詛を行う日を待っております。まさにその日に清夫人の身柄を押さえたいと思っております。それには太子のお力添えが必要となります」

 是非ともご協力を、と頓庸が膝を進めた。考えるまでもない、と源円は思った。呪詛の秘事を知った以上、黙っているわけにはいかない。無視を決め込めば、呪詛が露見した時、源円自身も罪に問われてしまう。これが清夫人を追い落とすための陰謀であったとしても源円は乗らざるを得なかった。

 「よかろう。よく私に知らせてくれた。きっと協力するだろう」

 源円は二人に言質を与え、今日のところは帰らせた。


 高薛と頓庸が帰ると、源円は次の間で控えていた源真を呼んだ。源真は当然のように一連のやり取りを聞いていた。

 「まんまと二人に乗せられましたね。だから会わぬ方がよかったのです」

 源真はにやにやとしていた。源円自身もその自覚があったので、息子の無礼を咎めることはなかった。

 「呪詛は本当だと思うか?」

 「本当でしょう。もし高薛と頓庸が清夫人を嵌めたいのなら他の手段でもよかったのです。『中原山海秘本』などという知らぬ人が多い古書に掲載されている呪詛など持ち出さず必要などありませんよ」

 確かに、と源円は思った。清夫人を嵌めるだけならば、毒殺のための毒や何かしらの凶器でもよかったのだ。

 「それならば尚のこと、高薛達に協力した方がよかったであろう」

 「まぁ、事態がここまで進展すればやむを得ないでしょう。しかし、父上が手柄を誇ってはなりませんよ。功績は二人のものとするのですよ」

 「当然そのつもりだが……」

 「呪詛の陰謀が明るみになれば、清夫人と趙鹿の死罪を免れないでしょう。同時に後宮は頓女の天下となります。父上がそのような後宮の女の争いに加担したと知られれば、父上の名声にとって良きものとならないでしょう」

 陰謀には暗さが付きまとう。次期国主としてその暗さが付きまとうことはよろしからず、というのが源真の考えであるらしい。しかし、その源真自身が後に大陰謀を悪びれることなく行うことになる。

 「肝に銘じておく」

 源円は我が息子ながら気味の悪さを源真から感じていた。

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