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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
673/965

浮草の夢~51~

 高薛は自分の子飼いともいえる宦官達を集め、事と次第を告げた。

 「まずは清夫人と趙鹿がこれらの物品を本当に購入したかどうかだ。本当であるならば、この後宮のどこかに隠しているはずだ。それを見つけろ」

 高薛が集めた宦官達はいずれも高薛が最も信頼をおく者達である。

 「言っておくが、我らの行動が相手に露見した時点で終了だ。敵は手の内を隠す。しかし、上手くいけば、我らの敵が消えるだけではなく、秋桜様が公妃になられるかもしれない。そうなればそなたらの地位も格段に向上するだろう」

 高薛は餌を蒔くことも忘れなかった。いずれも信頼がおける者達である。こうしておけば裏切ることはまずないだろう。

 後宮でのことはこれでよしとするとして、問題なのは表向きのことである。もし清夫人と趙鹿が後宮や奥宮だけではなく、表宮にも手をまわしていれば宦官である高薛達は手を出せない。

 『表宮に味方を作る必要がある』

 表宮には知己は多い。しかし、、いずれも源冬のお気に入り宦官として高薛のことを憚っているだけであり、秋桜のことが絡むとなるとどこまで協力してくれるかどうかは不鮮明である。ただ、唯一ひとりだけ確実に信頼がおける者がいた。吉野宮で官吏として働いている秋桜の弟、頓庸である。

 頓庸は官吏として目覚ましく出世していた。秋桜の弟という神通力だけではなく、ひとりの人間としても優秀であり、数年後には閣僚に抜擢されるのではないかと噂されるほどであった。

 「極貧で辛酸をなめてきただけのことはある」 

 高薛も客観的に見て頓庸は才人であると思った。奴隷として売られ、いくつかの商人の下を歩き渡って生きてきた頓庸には浮世を渡っていく才覚と度胸に溢れている。吉野でぬくぬくと育った公族、貴族の舎弟とはわけが違う。味方にするには申し分ないだろう。高薛は早速、頓庸に接触した。

 「何!姉上の身にそんな危機が!」

 頓庸は顔を朱に染め、怒りを隠さなかった。今すぐにでも後宮に乗り込んで清夫人達に詰め寄らんばかりの勢いだったので高薛は宥めた。

 「落ち着かれよ、庸殿。秋桜様の身は安全だ。それよりも呪詛の証拠を固めねばならない」

 「確かに……。良く諭してくださった高薛殿」

 「後宮のことは我らにお任せください。庸殿は、表宮での動きを探ってくだされ。もし、表宮で清夫人の策謀に賛同しているような者がおりましたら、その証拠を押さえてください」

 「了解した」 

 頓庸であるならばうまくやってくれるだろう。ひとまず打てる手をすべて打った高薛は、後宮での調査に集中することにした。

 

 高薛が秘密裏に次々と陰謀を暴くための行動を取っているのに対し、清夫人と趙鹿の計画はあまりにも粗漏であった。彼らはすでに法岩によって呪詛のことが漏れているとは露とも思っとおらず、寧ろ計画が着実に進んでいると信じ切っていた。

 清夫人達に落ち度があるとすれば、法岩という商人を信じてしまったことであろう。勿論、秘事を知らぬ法岩に過失を求めるのは酷な話であろう。清夫人達がすべきだったのは、法岩にすべてを打ち明け、陰謀に引きずり込んで一蓮托生となることであった。それをしなかったがために、呪詛のために購入した物品の保管場所も簡単に知られてしまった。法岩が度々吉野宮近郊にある清夫人の離宮に何かを納品しているのを高薛が突き止めたのである。

 「間違いないならば、清夫人が次に離宮を訪れた時こそ呪詛が決行される時であろう。そこを抑えましょう」

 高薛の報告に頓庸は色めきだった。頓庸の調査によって表宮のお歴々の中で呪詛の陰謀に関わっている者はいないことが判明している。そうなれば心置きなく清夫人を取り押さえることができる。 

 「問題は誰に実行してもらうかです」

 残念ながら高薛も頓庸も武人ではない。ましてや清夫人の離宮に踏み込み、趙鹿共々捕縛するには相応の地位の人間が必要となってくる。

 「太子がよろしいのではないでしょうか?」

 頓庸の提案に高薛は膝を打った。近衛兵長でもある太子源円なら武力を持っているし、秋桜とも清夫人とも大きな利害がない。要するに客観的には中立なのだ。

 「では、早速、太子にお知らせしましょう」

 高薛は使いの宦官を走らせ、源円に面会したい旨を報せた。その返答を待つことなく、二人は吉野宮内にある源円の邸宅へと向かった。

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