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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~50~

 法岩から受け取った紙片には清夫人が購入した物品が書かれていた。それを一読した秋桜には違和感しかなかった。

 「桃幻木の香塵、九目草、界山の岩塩……」

 取り留めのない品目を一読した秋桜は、すぐにそれらが呪詛に使用される物品であることに気が付いた。秋桜が何故そのようなことを知っていたかと言えば、、頓淵啓の勧めで文字を習い始めてから読書をするのが趣味となった秋桜は、頓淵啓の蔵書の中にあった『中原山海秘本』という書物にも目を通していたためであった。この書物は中原における様々な怪しげな現象や人物をまとめたものであり、その中に呪詛についての件があった。それを秋桜は覚えていた。

 『全部揃ってはいないけど、これは間違いなく呪詛を行うためのもの……』

 秋桜は本の内容を思い出す。秋桜の記憶が正しければ、今から百年ほど前、時の界公が覇者たらんとした翼公を呪詛で呪い殺した時のもののはずだった。

 「法岩殿、清夫人は神霊鹿の皮衣なども買われましたか?」

 「ええ、よくご存じで」

 法岩の即答を聞いて秋桜は確信した。これは呪詛に使われるものだ。そして、その呪詛を向ける相手が自分であろうことも想像がついた。

 「法岩殿、ご苦労様でした。今日のことは内密にしておいてください。特に清夫人が知れば、貴方が出入り禁止になるかもしれませんから」

 秋桜はすぐに法岩には呪詛について話さなかった。この人の良い商人は、きっと呪詛のことを知らぬであろう。

 「勿論でございます。その代わり、是非ともこれからごひいきに」

 法岩は嬉しそうに退出していった。

 法岩が退出すると秋桜は呪詛のことをすぐに果明子に打ち上げた。

 「それ、本当なの?」

 果明子は半信半疑であった。呪詛などというのは物語の中ものだと信じて疑っていない様子であった。

 「本当よ。桃幻木の香塵を焚いた部屋に界山岩塩を盛った祭壇を設け、九目草を九日間浸した水で沐浴し、神霊鹿の皮衣の上に座って、呪詛したい相手を名前を書いた誓紙を祭壇に捧げて祈る。これを九日間続ける。中原山海秘本に書いてあったのよ」

 「よく覚えてんね、そんなこと……」

 果明子も秋桜との付き合いが長くなって彼女の教養については十分承知している。しかし、そんな卑俗的なものにも精通しているとは思わなかった。

 「すぐに高薛様を呼んでください。それと書庫から中原山海秘本を持ってきて」

 真剣な秋桜を見てその気になった果明子は、無言で何度も頷いた。


 高薛はすぐに駆けつけてくれた。同時に『中原山海秘本』も届けられ、三人そろってその内容を確認した。

 「姫様、よくお知らせくださいました」

 高薛は最初にこの話を聞いた時、あるいは清夫人が仕掛けてきた罠であるかと思った。秋桜に呪詛をしているという嘘の誣告をさせ、逆に秋桜のことを糾弾しようとしているのではないか。清夫人とその傍に侍る趙鹿ならばやりかねないと思った。

 しかし、秋桜の話によれば清夫人が法岩なる商人から呪詛に必要な材料をすでに購入しているのは事実のようであり、その証拠さえ押さえられれば十分に呪詛の罪に問える。

 『いや、たとえ呪詛の件が事実であるかどうか別として、清夫人を追い落とすには絶好の好機だ』

 仮に清夫人に呪詛のつもりがなくこれらの物品を購入していたとしても証拠は十分である。さらにいえば、秋桜のことを嵌める罠であるとしても、これらの物品が清夫人陣営にあれば、言い訳は通用しないだろう。

 高薛は決断した。ここで清夫人と趙鹿には吉野宮から退場してもらおう。高薛は決して自己の権威のために権謀術数を行使するような人物ではない。単に後宮での女の争いが、源冬の宸襟を騒がすことになるのならば排除してしまおうというのが高薛の理論であった。

 「どうすればよろしいですか?高薛様」

 秋桜は困惑とも怯えとも取れる表情をしていた。気丈で聡明な女性だと思っていたが、自分と子の命が狙われていると分かると、やはり恐怖が先立つのだろう。

 「ひとまずは臣にお任せください。清夫人が秋桜様を貶めようとしている罠である可能性もあります。決定的な証拠を押さえますので、それまでは秋桜様はいつも通りにお過ごしください」

 「分りました」

 「果殿。秋桜様の食事には細心の注意を払ってください。よもやということもあります。信頼をおけるものだけを傍に置くようにしてください」

 「承知しました」

 秋桜の身辺は果明子に任せておけば安心であろう。高薛としては証拠を押さえるのに集中することができた。

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