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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~49~

 呪詛。相手のことを祈祷によって殺害することである。剣で刺したり、毒を盛ったりなどの直接的な殺人とは異なり、『証拠の残らない殺人』と一般的に言われており、中原においては最大級の禁忌となっていた。時代や国によって異なるが、実際に呪詛の相手が亡くならなくても、呪詛を行っただけでも死罪となる場合が多く、この時の静国においてもかなり厳しい罪科が待っていた。そのため静国の有史以来、公的な記録では呪詛が行われたという記録はなかった。清夫人はそれを行おうとしていた。

 清夫人の片棒を担がされた趙鹿は秘密裏に呪詛に必要な道具を集めていた。その度に趙鹿は罪の意識に圧し潰されそうになった。

 「訴え出た方が楽になるのではないか?」

 まだ呪詛は行われていない。未遂である。未遂であっても相応の罪には問われるが、進んで自白すれば軽い罪で終わるのではないか。しかし、一方で清夫人に言われた言葉が頭から離れなかった。

 『いつまで高薛の後塵を拝したままでいいのですか?』

 いいわけがない。宦官として宮仕えした以上、権力の頂点に上りたいと思うのは誰しもが思うことであった。趙鹿も例外ではなく、その思いだけが趙鹿を危険な橋を渡らせていた。


 呪詛が行われようとしている。後宮において実行者である清夫人と趙鹿を除き、いち早くこの陰謀に気が付いたのは他ならぬ秋桜であった。

 寵姫となった秋桜は、夜に源冬が寝所に訪ねてくる時以外は基本やることがない。他の寵姫などは趣味に時間を使ったり、御用商人を呼んで買い物をしたりと様々なことをして過ごしていた。極貧の身から地方領主の侍女となり、そこから後宮の侍女を経て寵姫となった秋桜には趣味らしい趣味もなく、贅沢をするような精神も持ち合わせていなかった。

 唯一の趣味と言えるかもしれないのは読書であるが、一日中ずっと本を読んでいるわけにもいかず、侍女となった果明子に仕事を手伝わせれくれと言っても、

 「そんなことできるわけでないでしょう。そこでお人形みたいに座ってて」

 と怒られる始末であった。

 「本当に暇なのよ。雑巾がけでも寝台の準備でも何でもするから」

 「あのね、御姫様。そんなことを御姫様にさせたら怒られるのは私達のなの。お分かり?」

 「分かっているけど……」

 「だったら、姫様も他の姫様達みたいに御用商人でも呼んで絵画とか骨董品でも買ったらどうですか?いつも掃除していて思うのは殺風景なのよ、この部屋は」

 歯に衣着せぬ果明子は呆れながら言った。確かに秋桜の部屋には飾り気は植物ぐらいしかなかった。

 「でも、贅沢は……」

 「そのぐらい贅沢なんかじゃないよ。清夫人を見てみなさいよ。今日も御用商人を呼び込んで何かお買い物をしているよ」

 「清夫人……」

 秋桜は自分が清夫人に好かれていないということは察知していた。しかし、秋桜の方は清夫人に対して敵愾心を抱いておらず、どうして嫌われているのか理解できないほどであった。

 『清夫人がどのようなものを買われているか、見てみるのもいいかもしれない……』

 実際に自分が購入するかどうかは別としては部屋を飾る調度品の参考にはなるかもしれない。

 「明子、その商人に私の部屋に来るように伝えてください」

 じゃあ早速、と果明子は部屋を出ていった。


 清夫人に出入りしている商人は法岩といった。清夫人に懇意にしてもらっているが、あくまでも贔屓客の一人という認識しかなく、秋桜の侍女から声をかけられても拒否するようなことはなかった。寧ろ、これからは秋桜の時代ではないかと思っていたので、

 「よろしければすぐにお伺いしましょう」

 と応じた。この法岩こそが清夫人が実行しようとしている呪詛に使われる資材を調達していた。しかし、法岩は自分がまさら呪詛の片棒を担がされているなどとは思っていない。秘密厳守のために清夫人と趙鹿は法岩に秘密を明かしていなかった。

 「これはこれは秋桜様、お呼びいただき光栄にございます」

 「秋桜です」

 法岩は初めて秋桜を見た。

 『これほど美しい女性がこの世にいたのか……』

 秋桜のことは話で聞いていたが、その美貌が自分の想像をはるかに超えていたことに驚かされた。すっかりと虜になった法岩は、

 『この女性のために尽くそう』

 一瞬にして清夫人のことを忘れ、秋桜のために働こうと思った。

 「お願いがあって本日はお呼びしました。ご覧の通り、私の部屋はどうにも殺風景なので何か調度品を置こうと思っているのです。その準備をお願いしたいのです」

 「それはそれは、ぜひ」

 すでに法岩の頭には秋桜とこの部屋に相応しい調度品が浮かび上がっていた。

 「ちなみに清夫人はどのようなものを買われているのですか?」

 商人として顧客の情報を漏らすのは当然ながら御法度である。しかし、秋桜との対面で完全に逆上せ上がっていた法岩は、その禁を犯した。秋桜に取り入ることができれば、清夫人との関係も終わるだろうという油断もあった。

 「本日は大したものは買われておりませんよ」

 法岩は清夫人が購入した品目の一覧を秋桜に渡した。

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