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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~47~

 攻め入ってきた条国を源冬が華麗に撃退した。静国内ではそのように宣伝され、吉野に凱旋した源冬は歓呼の声で迎えられた。いつもならばこのような場合、源冬は兵車に乗って群衆の声に応えていたのだが、今回は秋桜の乗る馬車に同乗して外に顔を出すこともなかった。

 「怖くなかったか、秋桜」

 源冬は帰還の途についてから片時も秋桜の傍を離れず、ずっと慰めの言葉をかけていた。

 「大丈夫です。岳炎様が良きようにやってくださいました。私がこうして無事でいられるのは岳炎様のおかげです。ですから、罰するなどないように私からもお願い申し上げます」

 「勿論承知しておる。寧ろ岳炎には報奨をやらねばなるまいと思っておる」

 源冬は機嫌を取るように言った。ついこの間、岳炎を罰しようとしていた男とは思えぬ言葉であった。後になり、岳炎は本当に報奨を授かることになった。そのことが秋桜の口添えのおかげであると知った岳炎は秋桜に感謝しつつも、主上の寵姫によって報奨を得たということが軍内部で取りざたされて苦しむことになった。

 「それと高薛様も良き判断をなさいました。高薛様にもぜひ褒詞の言葉をお授けください」

 「そうか。高薛はそこらの将軍などよりも戦場で役に立つ者よ」

 岳炎と同じくして高薛も報奨を授かった。そのことも軍内部で取りざたされることになり、武人達は源冬に不信感を持ち、高薛は怨嗟の的となった。


 静国にとって凶事が続いた。条国が攻め込んできた翌年、正妃である紅公妃が亡くなったのである。紅公妃は昨年の条国討ち入り直後ぐらいから熱病を患っていた。半年ほどして小康状態となり、快癒するのではないかと思われていたが、亡くなる一か月前ほどから高熱を発していた。

 「私は主上の妃となれて幸せでした。願わくば息子と孫に幸あらんことを」

 紅公妃は発熱する度に息子の源円と孫の源真を心配するようなことを口にした。そして娘同然のように思っていた秋桜についても、

 「私が死ねば秋桜は後宮で孤立しましょう。あの子は他の寵姫と違って可哀そうな子です。守ってあげてください」

 紅公妃は見舞いに来た源冬や高薛にくどいように言った。しかし、秋桜を正妃に、とは言わなかった。このことに微かな公妃としての矜持を感じられた。

 秋桜も連日見舞いに訪れた。秋桜も後宮において紅公妃しか味方がいないと知っていたし、庇護者としての紅公妃は秋桜にとってまさに母そのものであった。

 「秋桜。もう貴女は侍女ではないのです。そう毎日のように来なくてもいいのですよ」

 紅公妃は暇さえあれば付きっきりで看病してくれる秋桜のことを気遣った。紅公妃はすでに死期を悟っている頃である。これ以上、迷惑をかけたくないし、ましてや秋桜に熱病が移ることが心配であった。

 「そんな、お母様。許されるのであれば、ずっとこうして看病していたいのです」 

 「優しい子だね、お前は。ですが、それで倒れられては私が主上に合わせる顔がありません。明日からは無用です」

 紅公妃はそう言ったが、秋桜は言うことを聞かず翌日以降も紅公妃のもとを訪れた。

 しかし、秋桜の看病の甲斐もなく、紅公妃はその生涯を閉じた。

 「紅は余には過ぎた公妃であった。速やかに公妃の喪を発しよ。しかし、服喪の期間は三日とする。それが公妃の望みであった」

 源冬は紅公妃の意思を尊重した。通常、正妃が亡くなれば、服喪は半年というのが慣例であったが、生前の紅公妃はそれを望まなかった。

 『私のために半年も国民が喪に服すのを私はよしとしません。服喪はどうぞ命じないようにお願いいたします』

 紅公妃は服喪そのものを望まなかった。しかし、それではあまりと思った源冬は三日間だけの服喪を全国に布告した。


 紅公妃の死はひとつの大きな波紋となった。正妃の座が空席となったのである。

 「正妃の座はしばらく空けておくことにする」

 源冬は紅公妃の死去と共にそう宣言した。そうすることで紅公妃への敬意を示した。

 面白くないのは清夫人であった。紅公妃が亡くなれば第二婦人である自分が公妃に昇格するものだと思っていた。それが古今、どこの国でも慣例のようになっていた。

 「主上が新たに公妃を立てないのは頓女を公妃にするためではないのか?」

 清夫人は当然のようにそう考えた。今の源冬の秋桜への寵愛ぶりを見れば、そのように思われても仕方のないことであり、現実として後に秋桜は公妃となるのだが、この時点ではまだ源冬は秋桜を公妃にすることは考えてはいなかった。

 「それはありますまい。頓女は御子を生みましたが、すでに太子と円様がおられ、嫡孫には真様がおられます。わざわざ頓女を正妃とする必要性がありません」

 趙鹿が清夫人の考えに疑問を呈した。清夫人はその答えに納得しなかった。

 「それは主上から見てのことです。頓女が自分の子供を太子にするため公妃の座を望むかもしれないではないですか?」

 その可能性はなくはない、と趙鹿は思う。しかし、太子である源円は成人しており人物的に次期国主として瑕疵がない。たとえ源冬が秋桜への愛に目が眩み、秋桜との子である源代を太子にすると言っても多くの延臣が納得しないだろう。

 「ご用心なさることに越したことはないと思いますが……」

 「ふん、そうなれば、太子と誼を結ぶのもありかもしれませんね」

 そんな馬鹿な、と趙鹿は危うく声に出しそうになった。ついこの間までは紅公妃と暗闘をしていた間柄なのに、その息子と誼を結ぶとはどういう料簡なのだろうか。趙鹿は呆れながらも清夫人の指示に従い、ひとまず源円に接触しなければならなかった。

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