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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~42~

 時の条国国主は条康。一年前に即位し、先代の喪が明けるのを待って出師の軍を起こした。

 「ここ数年、まともな戦闘がなかったから兵力は存分にあり、将兵の士気も高い。城や砦の五つは奪ったやろう」

 条康はまだ若い。三十にもならぬ年齢ながら家臣、将兵からの信望が厚い。また個人として才幹も文武に優れ、条国の誰しもが名君になるであろうと期待を寄せていた。

 「それにしてもどうして静公はここ数年、我が国を攻めてこなかったのだろうか」

 条康は密偵から得られた情報によって、静国における反乱分子が悉く鎮圧されたことを知っていた。特に東方海賊が壊滅させられた時、いよいよ条国に攻めてくると思っていたのだが、静国は攻め込む様子すら見せなかった。

 「余はその時は太子であった。もし静国が攻め込んでくれば、逆撃してこちらが攻め込んでやるつもりだったが、それからこれほどの歳月が過ぎるとは思わなかった」

 その歳月が条康に味方した。その間に条国軍は戦力を充実することができた。

 「我が軍の勢いは先代もご照覧されていることだろう。諸君、臆さず進め!」

 すでに条康は静国の国境付近の邑をひとつ占領している。そこを橋頭保として静国の深くまで攻めこんでやろうと企図していた。


 条康の意気が反映して条国軍は活気に満ちていた。それは静国軍にも同じことが言え、特にかねてより条国との戦争に積極的であった鐘欽は意欲的であった。

 「条公は各所で城や砦を陥落させて有頂天となっておりましょう。そこで我らが出てくれば、一大会戦で勝敗をつけようと占領地を捨てて野戦に打ってでてくるでしょう。それこそが我らとしても願うところです」

 鐘欽は武人として占領された砦や城をひとつひとつ潰していくのではなく、壮大な大会戦によって条国軍を討ち破りたかった。

 「大将軍のよろしいように」

 源冬は国軍の作戦行動において鐘欽に一任した。このことが鐘欽をさらに刺激した。

 「大軍の指揮を一任されたのは武人として最高の誉れ。敵が次の拠点を落とす前に接近するのだ」

 鐘欽は進軍を急がせた。そのことが静国軍の隊列を伸長させる原因となった。


 この静国軍の動きを条康は斥候などの報告によって知ることができた。

 『静公は会戦を企図してきたか……』

 静国軍は隊列を伸ばしながらも、基本的には一団となって条国軍の本軍に向かってきている。すでに占拠した拠点の奪還や、現在攻略している拠点の救援などはまるで考えていない動きであった。

 「なかなか大胆な作戦だ。流石静公といったところか」

 静国軍がそのような作戦で来る以上、条康としても軍を分散させるわけにはいかなかった。各地の拠点の攻略に出ていた部隊を引き上げさせ、会戦に挑むことにした。

 「だが、単に敵の作戦どおりに受けるのは面白くない。味方の集結を待つことなくこちらも進軍して敵の出鼻を挫いてやろう」

 幸いにして静国軍の隊列は伸びている。ということは先陣にはまだそれほどの兵力がないはずである。今の戦力だけでも戦えると条康は判断した。条康は進軍を命じた。


 条国軍の動きもまた鐘欽も知るところになった。

 「兵は神速を貴ぶ。今の条公は戦を知っているとみえる」 

 望むところとばかりに鐘欽も軍を前進させた。双方の軍が全軍の集結を待つことなく会敵するという状況が生まれた。

 この軍の動きに源冬はついていけなかった。

 「将軍は何を考えている!」

 源冬がいる殿軍は鐘欽の本軍から相当遅れた後方にいる。まるで自分を無視するような形で戦闘を始めた鐘欽に対して怒りを感じた。

 源冬の周りにいる諸将は複雑な心境であった。全軍を指揮を鐘欽に託したのは他ならぬ源冬ではなかったか。しかも殿軍が遅れているのは、鐘欽に指揮された本軍の速度が速かったというのもあるが、源冬がさらに後方にある秋桜のことを気にして殿軍の行軍速度を落としていることにも起因している。源冬の怒りがいかに理不尽であるか。諸将の誰しもが知っていた。

 「では、主上。我らも追いつきましょう」

 ひとりの将軍が進言した。源冬は怒りとも困惑とも判断が付きかねる視線でその将軍を見返した。

 「ふん。鐘欽ひとりで戦をしたいのならそうさせるがいい」

 源冬は現状の進軍速度を守るように厳命した。諸将は密かにため息をついた。源冬はそのような諸将の気持ちなど分らず、天幕を出ていった。


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