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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~41~

 出師を決した源冬は翌朝、朝議でそのことを宣告した。そして朝議が終わるとすぐに後宮に赴き、秋桜に出師のことを伝えた。合わせて秋桜を連れて行くことも告げた。

 「私も行くのですか?」

 秋桜は当然ながら驚いた。戦場などという場所は自分には無縁の場所であると思っていたし、何よりも今の秋桜は源代の母である。源代の養育は紅公妃に任せているとはいえ吉野を離れることに不安しかなかった。

 「心配することはない。代のことは公妃に任せておけば問題ない。それにお前には敵兵も矢も飛んでこない場所にいてもらう」

 「ですが……」

 秋桜は明かに困惑していた。その様子は戦場という命のやり取りをする場所を怖がっているのだ、と源冬は解釈していた。

 「安心するがいい。いざとなれば、余が守ってやる」

 源冬は秋桜の恐怖を和らげるように諭した。だが、それでも困り顔をやめない秋桜は恐る恐る言った。

 「しかし、主上。私は剣も槍も扱えません」

 秋桜はどうやら自分が兵卒として行くものだと思っていたらしい。源冬は思わず吹き出してしまった。

 「ははは、秋桜。お前に戦場で戦ってもらおうとは思っていない。ただ余と来てくれればいい」

 源冬はそっと秋桜を抱きしめてやった。兵卒としていくのではないと知って安堵したのか、秋桜は源冬の胸の中でほっとひと息ついた。

 「そうだな。秋桜には余と余の将兵達を励まして欲しい。良き女が陣中にいるだけで兵卒は張り切るものだ」

 「いるだけでよいのなら参ります。それで主上の手助けになるのなら喜んで参ります」

 秋桜は後宮に来て寵姫となって以来、ただ単に源冬の夜の相手をするだけの日々にやや鬱屈としたものを抱えていた。元来、他者のために労働するということが人生そのものであった秋桜にとって、働きもせずに美衣美食を得ていたことに後ろめたさしかなかった。だからどういう役割であれ、源冬と静国のために働けるのは単純に嬉しかった。

 

 五日後、源冬は吉野を発った。先陣は鐘欽が率い、源冬は殿に身を置いた。その軍勢を追いかけるように秋桜を乗せた馬車が付いてきた。勿論、馬車一乗だけではない。彼女を世話をする果明子などの侍女や身辺を警備する寺人。さらにそれらを護衛する兵士が百名ほど一団となっていた。

 「主上が女性を戦場にお連れするとは……」

 高薛も秋桜がいる一団の中にいた。高薛自身も源冬について戦場へ行くことは珍しい。侍従長として源冬が不在であっても奥宮と後宮を仕切らねばならず、源冬に言われなければ従軍することはなかった。今回は、

 『秋桜にとって初めての戦地だ。何かと面倒を見てやって欲しい』

 と源冬に乞われての従軍であった。

 高薛には今回の出師に多少に危惧があった。それは条国との戦いについてではなく、源冬が寵姫を連れて戦場に出たということにである。これまで源冬が寵姫を従軍させることはなかった。他の将兵も妻や恋人を置いてきたのだから自分もそうでなければならないというのが源冬の矜持であり、その矜持こそが源冬の魅力のひとつとなっていた。しかし、源冬は今回でその矜持を捨てた。勿論のこと、源冬が国主である以上、それまでの不文律を破ったところで責められることではない。

 『だが、将兵の気分に理論など通用しない。主上の人気が落ちなければいいが……』

 高薛はそのことが気になり、小まめに情報を収集した。今のところ、源冬が秋桜を連れて出てることに非難する将兵は少ないという。

 「ひとまずは我らの存在を目立たぬようにすることだ」

 高薛は侍女や寺人達にも細心の注意を払うように命じた。彼らの一人でも戦場において将兵の前で横柄な態度でも取れば、そのことが一気に源冬への反感へと変わる。それは避けねばならなかった。


 高薛は警護をしてくれている部隊長と相談し、秋桜達がいる集団を本軍から後方に離した。この部隊長は近衛兵の副長を務めているので、高薛とも面識があり、他の将兵のように宦官を侮蔑することはなかった。

 「しかし、主上は夜毎に秋桜姫のもとに通われます。あまり引き離されると主上に何かと不便になりましょう」

 「そこは副長殿の匙加減にお任せ致します。何しろ我らが宦官は武事については無知ですので……」

 武人として立ててやればそれで満足する。宦官といて吉野宮を仕切ってきた高薛は人心を把握するのに長けていた。

 「そうか。では、主上のおられる殿とは半舎の距離を保ちつつ、夜が近くなれば詰めることにしよう」

 副長―岳炎は満足そうな面持ちで部下達に命じた。

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