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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
661/964

浮草の夢~39~

 吉野宮襲撃事件から二年後。秋桜は妊娠をし、男児を生んだ。 

 「でかした!秋桜」

 源冬は大いに喜んだ。源冬は子福家であり、寵姫にも数多くの子供を生んだが、これほどの喜びを見せたことはなかった。

 「秋桜が男児を生んだことを祝して、向こう一週間を祝福の日とし、恩赦を行いたい」

 源冬は男児が生まれた翌朝の朝議で、閣僚に対してそう切り出した。閣僚達が絶句したのは言うまでもない。

 「主上、御子が生まれたのは慶祝すべきことですが、正夫人に生まれたのならまだしも、寵姫の子となれば、そこまでのことをするというのは先例がございません」

 斑諸は丞相として諫めなければならなかった。いちいち下らぬことで、と内心では思っており、さっさとこのような話を終えて別の議題について討議したかった。

 「何を言う!余にとって久々の子ではないか!」

 自分の意見を否定され、源冬は脇息を叩いて怒りを顕にした。これまで度々、閣僚達は源冬に意見し、時には厳しい諫言をしてきた。源冬は時には反駁し、時には諫言を受けれてきた。しかし、今のようにすぐにすぐに怒りを見せることはこれまでなかった。

 『主上も年を取られたか……』

 斑諸はそれが老人に見られる短気であると思った。それは他の閣僚達も同様であり、互いに目を見合わせて密かにため息をついた。

 「他の者達も同じ意見か?」

 源冬は閣僚の誰一人として賛意を示そうとしない微妙な場の空気を察した。その点についてはまだ明敏さを失っていなかった。

 「主上、御子の誕生は慶すべきことです。主上がお喜びになるのは理解致しますが、そこまでのことを為さると、他の御子との時と差が生じます。そうなれば後宮においていらざる軋轢を生じさせるだけです」

 斑諸に代わって意見を述べたのは式部卿の易豊であった。斑諸とは昵懇で政治的な立場も近しかった。

 「……確かにそうだ」

 後宮の軋轢と言われて源冬は琳姫のことを思い出したのだろう。怒気が急に鎮火していった。

 「このようになさってはいかがでしょう。恩赦はひとまず置くとして、祝福の日を三日設け、諸侯からの祝辞を受け付けられてはどうでしょうか?」

 易豊の提言は折衷案としては絶妙であった。こうして易豊の機転が利くところが斑諸としては助かるところであった。

 「そうだな。それがよかろう」

 源冬は妥協した。まだこの時は家臣の言を聞き、妥協するだけの余裕が残されていた。


 源冬と秋桜の間に生まれた男児は代と名付けられた。源冬は源代の誕生を祝するために三日間を祝福の日として休日にした。加えて諸侯からの祝賀を受け付けることにし、各地から誕生を祝う品が次々と届けられた。その中で衆目を集めたのは安黒胡からの贈り物であった。

 「主上の男児が生まれたとはまことにめでたい。それに相応しい物をお送りしよう」

 安黒胡は我が子が生まれた如く喜んだという。名代として弟の安義四に贈り物の品々を持たして吉野に派遣した。

 先に吉野にやって来た時に匹敵するほどの金銀財宝が献上された。源冬や秋桜だけではなく、生まれたばかりの源代にも眩いばかりの金色の鎧が贈られた。

 「安将軍は気の早いことだ」

 源冬は安黒胡からの贈り物に大いに満足した。秋桜も自分が腹を痛めて生まれた子が祝福されて嫌な気はしなかった。

 贈り物は秋桜自身にも届けられた。緑璧の首飾りや金剛石の簪などの宝飾品が入った木箱が複数あり、極上の生糸で織られた緞子の反物が井桁に積まれていた。

 「凄い!これ……いくらになるのよ」

 秋桜の侍女を務める果明子は目を丸くした。秋桜の侍女となってこれほどの献上品を目のあたりにするのは初めだった。

 「私、こんなにいらない……」

 秋桜は寵姫となっても驚くほど物欲がなかった。これまで諸侯や商人から数々の献上品を貰ってはいたが、ほとんど使うことなく仕舞われていた。

 「また仕舞っておくの?まぁ、使い切れる領とは思えないけど、使わないというのも送った人に失礼よ」

 「そうだけど……そうだ。後宮の皆様に差し上げましょう!」

 「それは辞めておいた方がいいと思うよ。嫌味に見える」

 「そんなものかしら」

 「そんなものよ」

 秋桜は仕方なく紅公妃だけには幾ばくかの贈り物をした。源代は源冬の命令によって紅公妃のもとで養育されることになった。それだけに紅公妃との紐帯は強くしておいた方が秋桜にとって得策であった。

 

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