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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~38~

 吉野宮襲撃から至る動きを琳姫はまるで知らなかった。吉野宮が襲撃されたのも単なる物取りとしか聞かされておらず、まさか自分の御用商人が捕まり拷問を受けているなど知る由もなかった。

 この手の情報を迅速に仕入れたのは趙鹿であった。彼は警執の捜査が件の商人に及んだと分かると、すぐに清夫人に知らせた。

 「まさか琳姫が嫉妬に狂って暴走したのか?」

 清夫人は下唇をかんだ。

 「分かりませぬ。琳姫にそこまでする度胸があるとは思えませんが、事実関係がどうあれ、琳姫に疑いの目が向くのは避けられますまい」

 このまま捜査が進めば、琳姫と自分達の関係も調べられるかもしれない。清夫人が危惧するのはまさにその点であった。

 「何者かに嵌められたか?まさか頓女が……」

 「それはありますまい。今の頓女に自作自演してまで琳姫を排除する理由がありません」

 「それはそうか……。そうなると面妖な話だ。誰がどうしてこのようなことを……」

 「調べてまいりますが、その前にやるべきことがあります。もし、琳姫の口から我らのことが少しでも漏れれば……」

 「善処なさい。我らに飛び火する前に」

 承知しております、と趙鹿が答えた時点で、琳姫の命運が決まってしまった。


 琳姫が自室で自害しているのが発見されたのはそれから二日後のことであった。葡萄酒に毒を混ぜ仰いだという。部屋からは商人からの書状がいくつか発見された。その内容は、例の短刀を指示された場所に納品したことや、吉野の無頼者を集めたおいたなど、犯行を示唆するような内容ばかりであった。これによって琳姫が裏で糸を引いた事件であることが確定した。

 「琳姫が余と秋桜を亡き者にしようとしたのか!許さぬ!」

 源円から事件のあらましを聞いた源冬は激怒した。源円は父がここまで嚇怒したのを初めて見た。

 「琳姫を四肢を斬り、晒せ!」

 死体を切り刻んで晒すのは死者に対する極刑であった。しかし、それは貴人に対して行うものではなかった。

 「琳姫は大罪を犯したかもしれませんが、主上の姫であられた方です。庶人と同じ極刑というのは……」

 「ならば琳姫を庶人に落とす。そのうえでの極刑だ!」

 源冬は聞き耳を持たなかった。こうなれば誰の意見も受け入れない。源円は臣下として命令を実行するしかなかった。


 源円は引き渡された琳姫の亡骸を切り刻むように寺人に命じた。源円は検分しなければならず、刑の一部始終を見なければならなかった。

 「大罪を犯したとは言え、一等の美女であった琳姫が惨い目に遭うのは見ておられんかったわい」

 吉野宮内部の屋敷に戻った源円は自らの寵姫に酒を注がせながら愚痴をこぼした。寵姫は、まぁ恐ろしい、と言って自らの杯に手酌した。

 「真に恐ろしいのは女でありましょう、父上」

 戸口に立って声をかけてきたのは嫡子の源真であった。後に静国最高の名君と言われるようになる源真もこの時はまだ十四歳。

 「真。大人の話に口を差し挟むな」

 「父上もお気をつけあれ。女の嫉妬は相手が主上であっても容赦がないようですから」

 源真は部屋の中までには入ってこなかった。父の寵姫が険しい顔で睨んでいても、意に介さないように薄く笑っていた。

 「まだ小僧のくせに偉そうな……」

 源円はこの優秀な長子に非常な期待を寄せていた。しかし、時として優秀過ぎる頭脳に恐怖を感じることもあった。

 「私に女のことで小言を言いにきたわけではあるまい。何か言いたいことがあれば言え」

 「大したことではありませんよ、父上。私には琳姫如きが嫉妬のために大罪を犯したとは思えないだけです」

 「どういうことだ?」

 「出来過ぎじゃないですかね?主上の秋桜姫への寵愛。琳姫の嫉妬。吉野宮の襲撃。主上と秋桜姫の遭難。そして、琳姫を疑えと言わんばかりに残されたあからさまな数々の証拠。まるで別人が筋書きを書いたみたいじゃないですか?」

 確かに時系列を並べてみると、まるで小説様な繋がりである。

 「しかし、これ以上余人が関わっているという証拠はない」

 「でしょうね。これほど見事な仕込みをする下手人ですから容易には馬脚を露さないでしょう。それとも僕の妄想かもしれませんからね」

 父上もお気をつけあれ、と再度言って源真は去っていった。やはり薄気味悪さのある少年であった。

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