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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
66/960

黄昏の泉~66~

 樹弘軍は北上し続けている。景蒼葉によると、ちょうどここから西へ行くと泉春があるらしい。

 「やはり相房は軍を出さないようですね」

 「出せないというのが本当のところでしょう。しかし、敵地であることには変わりありませんから、用心しませんと……」

 がたっと馬車が止まった。景蒼葉は途中で話をやめ、窓から外をのぞいた。

 「前が騒々しいですね。何かあったのでしょうか?」

 「敵襲か……」

 樹弘が身構えていると、景黄鈴が前方から馬を走らせてきた。

 「主上。前方から騎馬の群れが見えます。数は多くありませんが、ご用心を」

 景黄鈴はそう報告したが、敵ではなかった。五十騎程度の規模の騎馬隊を率いていたのは蘆明であった。

 「蘆明!」

 樹弘は一時軍を停止させ、蘆明を迎えた。

 「主上。主上とのお約束を果たし、こうして馳せ参じました。軍の端でもかまいません。是非、お仲間に加えていただけますでしょうか」

 蘆明は膝を突いて深く叩頭した。

 「その軍勢は?」

 「かつて蘆家に仕えていた者たちです。装備については厳侑殿から拝借しました」

 「厳侑が……。そうなると厳侑も蘆明のことを許したということですね。いいでしょう。我が帷幕にあって、前線を指揮を任せます」

 蘆明ははっと顔を上げた。単に許されただけではない。樹弘の帷幕にあってということは、樹弘の直営軍の指揮を任されたことになる。今回の出師は、文可達と田員の二人を将軍とし、六千名ずつ兵力を与えており、残りは樹弘が自ら指揮をしていた。その指揮を蘆明に委ねたのである。

 「……。身に余る光栄でございます。臣、身を投げ出して主上のために尽くします」

 蘆明は涙を流して額づいた。樹弘軍は新たな戦力を加え、北上を再開した。


 すでに樹弘軍が四舎ほどの距離にまで接近した。樹弘軍の接近が現実味を帯びてきて、湯瑛はようやく焦り始めた。

 『樹弘とは馬鹿か……』

 湯瑛には樹弘の思慮など理解できなかった。ただ身近な泉春ではなく、長駆して泉冬まで軍を進めるという戦術的な意義を見出せなかっただけであった。

 ともかくも湯瑛は決断を迫られた。このまま泉冬を攻め続けるのは樹弘軍に後背を見せることになるので論外であろう。逆に樹弘軍を迎撃するために反転すれば、相宗如軍が出撃してくるかもしれないし、翼公軍も気にしなければならない。

 やむを得ないことであるが、湯瑛は一部兵力を残し、泉冬から離れ南下した。その数は二万名。

 「どうせ樹弘軍など寄せ集めだ。鎧袖一触に粉砕するまでだ!相宗如が出てくれば、その勢いのまま反転して相宗如も葬ればいい!」

 停滞していた攻城戦で気が倦んでいた湯瑛としては野外での会戦の方が性に合っていた。


 湯瑛軍南下を知った樹弘軍は一時進軍を停止し、敵軍を迎撃する態勢を整えた。

 「敵は自ら兵力の分散という愚を冒してくれました。これで戦いは優位に進められます」

 甲朱関は実に嬉しそうであった。すでに勝ちを確信しているようであり、樹弘としては心強かった。

 「しかし、数は敵の方が上ですが……」

 懸念を表したのは田員であった。彼は文可達ほどの勇猛さはなく、甲朱関のような天才的な戦術的な知性も持ち合わせていない。しかし、その篤実な人柄から人望が厚く、兵の統率に優れていた。

 「敵は永らくの滞陣で疲弊しています。それに彼らは常に我ら以外にも宗如軍や翼公軍を意識しなければなりません」

 甲朱関は広げられた地図に朱筆で書き込んでいく。

 「敵は急ぎ南下しているので隊列が乱れています。斥候の報告によればこのように南北に長い隊列になっています」

 地図上の南北に合わせて長い線が引かれた。

 「敵が隊列を整える前に仕掛けます。文将軍の部隊は直ちに出立し、西側から敵の側面を突いてください。少し遅れて田将軍が敵の東側から攻勢をかけます。敵はどちらが我が方の主力か判断できず困惑するでしょう」

 「本営はどうすればいいでしょうか?」

 甲朱関に質問をしたのは蘆明であった。彼は樹弘の陣営に入ったばかりで意欲に満ちていた。

 「機を見て南面から最後に攻撃を加えてください。そうなれば理想的な包囲戦ができます」

 蘆明が満足そうに頷いた。最終局面での攻勢は大きな手柄を取れる可能性が高かった。

 「この一戦、どのように勝つかで今後の趨勢が決まる。将兵全員の奮励努力に期待する」

 最後に樹弘が訓令した。諸将は一斉に立ち上がり、拳を高く突き上げた。

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