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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~28~

 紅公妃に酒を注ぎ終えた秋桜は源冬と源円の前に座った。

 「頓秋桜と申します。以後、お見知りおきください」

 まずは源円に挨拶をし、酒を注いだ。源円は鷹揚に頷きながらも秋桜に釘付けになっていた。

 『なんと美しい姫よ』

 この時、源円は三十歳。すでに妻子はおり、父同様に好色で数多くの寵姫がいた。源円は密かに自分の姫の方が見目がいいと自負していたが、秋桜を目の前にしてすっかりと自信を無くしてしまった。余談ながら源円の嫡子こそ静国三賢公のひとりで最高の名君といわれる源真である。

 「どうだ?円よ。良き娘であろう」

 源冬はにやけながら息子に自慢をした。源円は、流石父上です、と阿諛した。

 「ささ、秋桜よ。横へ来い」

 源冬に促され、秋桜は源冬の隣に座って酒を注いだ。少し離れてところに座っていても秋桜の良い匂いが漂ってきた。

 宴は賑やかに進行していった。源冬の隣に侍る秋桜はその場を動かない。新しい寵姫を披露する宴席ではそれが習わしとなっていた。当然、一堂の耳目は秋桜に集中した。中には秋桜のことを初めて見た寵姫もいた。彼女達からすれば秋桜が寵姫としてどの程度の敵となるか見定める場でもあった。途中から楽団も入り、演奏が始まった。宴は最高潮に達した。

 「主上、いかがでしょう?新しい姫に何か歌ってもらってはどうでしょうか?」

 楽団の演奏が止んだ隙を見て琳姫が提案した。琳姫の意図は明らかであった。秋桜の恥をかかせようというのだ。歌を歌うというのは単に歌の上手下手だけではなく、声の美しさや、歌う内容に教養があるかどうかも問われてくる。侍女あがりの秋桜に歌を歌う才能もなければ教養もないと琳姫は思っていた。

 「そんな……私に歌なんて……」

 秋桜は狼狽していた。歌わぬのであればそれはそれで秋桜の評価はさがる。琳姫がほくそ笑んでいると、追い打ちをかけるように清夫人が声を上げた。

 「秋桜、お歌いなさいな。そうね、主上のことを寿ぐ歌がいいわね」

 清夫人に言われれば頑なに拒否することはできない。秋桜は観念したように立ち上がった。



 天上の日、朝には上り、夜には沈む


 なれど地上の日は一刻たりとも沈まず


 光は四方を照らし、大海に広がる


 温かさは豊穣を生み、国に春を呼ぶ

 

 嗚呼、我ら赤子、万人等しく、地上の日を仰ぎみる


 

 宴席に沈黙が訪れた。誰しもが秋桜の美声と調子を取る上手さに驚き絶句した。いかなる楽団の歌女でも秋桜ほどの美声は持ち合わせていなかった。

 そして歌詞の内容も実によくできていた。詩としての技巧は稚拙であったが、それだけに素朴さがり、率直さをもって国主を褒め称えている。何よりもこの歌詞はかつて泉国のおいて歌仙といわれた史至許の詩を引用していた。史至許は当時の泉公を『地上の日』として寿ぐ歌を歌っていた。秋桜は当然ながらそのことを知って地上の日という言葉を用いたのである。

 あまりの出来の良さに琳姫をはじめとする寵姫は沈黙せざるを得ず、ひとり紅公妃だけが密かに微笑していた。

 「良き歌でございました。今一度、お歌いください。曲をつけて進ぜましょう」

 楽団長が沈黙を破った。楽団が曲を演奏し始めたので、秋桜は慌てて再び歌い出した。

 「よし、余も節を打とう。瓦を持ってこい」

 源冬は上機嫌に傍にいた宦官に命じた。この場合の瓦とは楽器の一種で、叩くことによって音を出すものであった。宦官が源冬の前に瓦を置くと、源冬は箸を手にして瓦を打ち始めた。隣にいた源円は手を打って拍子をとり、紅公妃は嬉しそうに体を揺らしていた。

 こうなれば他の寵姫達も合わさなければならなかった。ある者は秋桜に合わせて歌い、ある者は杯を箸で打って源冬が拍子をとるのを助けた。琳姫も笑顔で手を打っていたが、内心は苦り切っていた。秋桜に恥をかかせるつもりが、株を大きくあげる結果となってしまった。

 『頓女は侮れぬ女よ』

 それは琳姫だけではなく、他の寵姫達も同じように思っていた。


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