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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
645/964

浮草の夢~23~

 源冬は約二ヶ月の征旅を終え、吉野に帰還した。東方海賊を壊滅させたという戦果は非常に満足いくものであり、源冬は興奮の絶頂にあった。

 『早く女を抱きたい!』

 吉野宮において閣僚達から祝辞を埋めている時も源冬は女のことを考えてきた。征旅から帰ってきた源冬は常に自らの興奮を鎮めるために女を求めた。

 征旅に出る源冬は、決して寵姫を帯同させることをしなかった。普通、国主が征旅に出た場合、夜の相手をする寵姫を帯同させるものであり、代々の静公もそのようにしてきた。しかし、源冬は若い頃からずっと寵姫を連れて行くということをしなかった。

 『多くの兵が家族や恋人を故郷に置いてきているのだ。どうして余だけが寵姫を連れて行くことができようか』

 君主であったとしても宿泊する天幕は兵卒と同じものであり、食事も兵卒と同じものを食した。それが君主としての源冬の矜持であった。

 閣僚達からの食事を受け終えた源冬は足早に後宮に向かおうとした。表宮から奥宮に足を踏み入れると早速高薛が進み寄ってきた。ちなみに吉野宮は大きく三つに区分されている。静公が政治を行う表宮。静公の生活の場である奥宮。そして静公にまつわる女性達が住まう後宮である。宦官である高薛は奥宮と後宮を行き来できるが、表宮に行くことはできない。

 「主上、公妃様がぜひ祝辞を述べたいと申しております」

 高薛が耳元で囁いた。源冬は眉をしかめた。

 「後では駄目なのか」

 源冬は無碍には断らなかった。源冬の方も紅公妃になんら愛情を感じていなかったが、公妃として尊重はしていた。

 「お先の方がよろしいでしょう」

 高薛にそのように言われれば、行かねばならなかった。奥宮を通り抜け後宮に達した。後宮には寵姫が複数人住んでおり、二人の夫人は回廊を抜けた先の別棟に屋敷を持っている。源冬はそちらに向かった。

 源冬が紅公妃が待っている部屋に入ると、紅公妃は立ち上がって迎えた。

 「主上。この度の大勝おめでとうございます」

 紅公妃は恭しく膝をまげて源冬に祝意を伝えた。その動作は老いたとはきびきびとしており、彼女の生まれの良さを感じさせた。

 『流石は泉公の娘よ』

 源冬は紅公妃に尊敬の念を抱いていた。それは静公の公妃として相応しい血筋と貴人としての素養を持ち合わせているからであった。

 『その点、清は落ちる』

 清とは第二婦人である。公的に静公の妃として認められているのは紅公妃と清夫人だけである。清夫人は界国の重臣の娘であり、血筋的には紅公妃より格下であり、言動にもどこか気品をかけていた。娶った時は猛烈に愛した女性であったが、界国重臣の娘という肩書がなければ単なる寵姫となっていただろう。

 『やはり公妃は紅よ』

 源冬は自分の過去の判断に満足しながら椅子に腰を下ろした。

 「公妃には留守の吉野を任せてしまった。何事もなく余を迎えてくれた。国都が安泰なのも公妃の徳というものよ」

 「まぁ、お上手ですこと」

 紅公妃は嬉し気であった。こうなって自尊心をくすぐってやれば満足するのが紅公妃であると源冬は知っていた。

 『御機嫌取りはこれでいいだろう』

 さっさと立ち去ろうと思った矢先、侍女が茶を注ぎに来た。やれやれ帰る隙を逃したと思っていると、茶を注ぎに来た侍女に目を奪われた。

 『なんと……!』

 可憐な少女であろうか。顔つきも体系も源冬の好みそのものであった。

 『そうか。彼女が高薛が連れてきた新しい女か』

 新たな寵姫を探しに出ていた高薛が戻っていたので成果があったのだと思っていたが、これほどの女性を見つけてくるとは想像もしていなかった。しかも紅公妃はすでにそのことを察知し、この少女を抱え込んだようである。

 『この処世術も流石は公妃よ』

 源冬は紅公妃を内心褒めながらも、目は侍女の姿を追っていた。侍女は源冬の視線に気が付いたのか恥ずかしそうに俯きながらも部屋の隅へ下がっていった。その挙動の初々しさが源冬の欲情を刺激した。

 ふと紅公妃からの視線を感じ、彼女を見ると実に愉快そうにほほ笑んでいた。まるで源冬の心の内を読まれているようで急に羞恥が込み上げてきた。

 「さて、少し休ませてもらうぞ。何しろ帰還したばかりだからな」

 「これはこれは気が付きませんでした。主上、ゆっくりとお休みください」

 源冬は茶を一口飲むと腰を上げた。まるで高薛が淹れたような美味い茶であった。

 部屋を出る前に再度、例の侍女を見たが、丁寧にお辞儀をしていたので顔をはっきりと見ることができなかった。

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