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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
643/965

浮草の夢~21~

 「おい!どうするよ!明日から公妃様の部屋付けだぞ!」

 紅公妃に話しかけられた晩、寝台に腰かけていた果明子は興奮気味に話しかけてきた。すでに侍女長から正式な配置転換の話があり、紅公妃が言ってくれたことが嘘ではないことは確定していた。

 「でも、どうして公妃様が……」

 「馬鹿だな。公妃様が公妃様がお前のことを認めてくださったんだ。これでいよいよ主上への目通りも近いな」

 そう言っても秋桜が不思議そうにしているので、果明子は紅公妃の思惑について話をした。

 「公妃様は主上がお前のことを間違いなく気に入ると確信したんだ。で、お前を寵姫に相応しい女に教育したとなれば公妃様の株もあがるんだよ」

 「でも、公妃様は主上の妻なのでしょう?わざわざ他の女性のせわをするなんて……」

 「それが貴い方の考えだ。特に公妃様は今更主上への愛を感じておられないだろう。公妃という立場のためにそうするんだよ」

 分からないとばかりに秋桜が首を左右に振ると、あと二年ここにいれば分かるよ、と果明子は言葉を続けた。

 「ま、その前にお前は主上の寵姫となっているかもしれないけどな。そうなれば私は寵姫の侍女長?悪くないね」

 「わ、私が明子さんを侍女にするなんて……そんな……」

 「いやいや、そこは私を雇ってくれよ。気心知れた人の方が嬉しいし、それに侍女長だぞ」

 そう簡単になれる者じゃない、と果明子は笑ったが、秋桜としては自分が源冬の寵姫となれることも怪しいと思っていた。

 

 ともあれ秋桜の生活は一変した。紅公妃の部屋付き侍女の仕事は多岐に及んだ。紅公妃の身の回りのあらゆる世話が仕事であり、部屋の掃除から着替え、洗濯、食事の配膳など一日中紅公妃の傍に仕えることになる。そのため他の侍女と異なり、許しがなくとも直接話をすることができた。時としては雑談の相手をすることもあった。

 秋桜の働きぶりは紅公妃を満足させるものであった。真面目で丁寧な働きぶりは勿論なこと、公妃の傍に仕えるようになったことを他の侍女に誇ることもなく、淡々と自分の職務をこなす姿は好感が持てた。

 『物事に動じないというか……自己を誇るということがないのか……』

 紅公妃はこれまで数多くの源冬に献じられる女性を見てきた。それらの女性は基本的に二つに型に分けられる。自己の美貌や才知をこれみよがしひけらかし者か、逆に韜晦して紅公妃に媚びを売ってくる者である。紅公妃としてはどちらの型の女性も嫌いであった。

 秋桜については初めは後者の女性ではないかとも思っていた。しかし、秋桜は必要以上に紅公妃に話しかけることもなく、媚態を見せるわけでもない。本当に黙々と与えられた仕事をこなしているだけであった。

 『この子は自分が主上の寵姫になるかもしれないということを知らないのか?』

 と思うこともあったが、秋桜の同僚である果明子にそれとなく聞いてみるとそうでもないらしい。

 「あの子は自分の自信がないんです」

 果明子は実に簡潔に評したが、そうでもあるまいと紅公妃は思っている。

 『秋桜は根から表に出てくるような子ではないのだ』

 生まれ持っての奥ゆかしさがある。紅公妃は秋桜のことをそう見ていた。実際にそのようなことを目のあたりにしたことがあった。

 ある晩のことである。紅公妃は東方海賊討伐に赴いた源冬に対して文を出そうとしていた。ただの激励の文ではなく、正妃として知性を見せなければならない。

 「そういえば昔に海戦で活躍した武人がいましたね……」

 その武人は詩人としても有名で多くの詩を残していた。その一説を思い出そうと独り言ちただけであったが、その傍で紅公妃のために茶を淹れていた秋桜が、

 「明宗允ですね。我が海路は青天なりて、という詩を見た時、その光景が目に浮かぶようでした」

 こちらも独り言ちるように言った。それだと思い紅公妃が秋桜のことを見ると、秋桜は顔を赤くして失礼しましたと頭を下げた。その様子に紅公妃は秋桜の奥ゆかしさを見た。

 秋桜が自己の知識をひけらかしたわけではないことは彼女の表情を見れば分かった。心底、明宗允の詩が好きで好きで堪らないというような恍惚した表情をしていた。

 『この子は知識だけではなく、感受性もある』

 ますます秋桜を源冬にすすめるべきだと紅公妃は確信した。同時に源冬に献じられる女性としてしか見ていなかったのに、いつしか紅公妃自身も秋桜という少女に魅力を感じていた。

 「娘がいればあのような感じなのかしら」

 紅公妃と源冬の間には源円という嫡子しか子供がいない。しかも嫡男となる立場であったため乳母のによって育てられており、源円という息子にそれほどの愛着がなかった。それだけに秋桜のことを娘として見えてくることにそれほどの抵抗や違和感を抱かないようになっていた。

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