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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
642/964

浮草の夢~20~

 源冬が東方で血生臭い戦争をしている頃、秋桜の日常に変化が訪れようとしていた。秋桜の存在が紅公妃の目に留まったのである。

 発端が紅公妃が高薛を呼び出したことから始まる。紅公妃は源冬の私生活における最側近である高薛の動向については常に目を配っていた。

 「高薛がしばらく吉野を留守にしているようです」

 一か月ほど前、そのような報告を他の宦官から受けた紅公妃は、

 「あら、そう」

 さして興味ないように振舞ったが、内心では、

 『新たな寵姫を探しに出たな』

 高薛の行動理由を明確に察し、気にかけていた。

 紅公妃としては源冬に今更女としての愛情を求めるつもりはなかった。だからいかなる寵姫を源冬が得ても嫉妬することもなかった。ただ公妃としての立場が危うくなるのであれば、話は別であった。高薛が探してきた女がどのような女であるか、品定めをしなければならなかった。

 だからと言って紅公妃はすぐに高薛が連れてきた女と会おうとはしなかった。会えば紅公妃の焦りを露呈することになるので、それは公妃の立場としてしたくはなかった。

 『高薛はその女を我が屋敷の侍女にしたらしい』

 ということは、高薛としても紅公妃に対抗する寵姫を作りたいわけではなく、寧ろその女に紅公妃の後ろ盾になって欲しいと望んでいるのだろう。それならば紅公妃としてもその女を自家薬籠中にするだけであった。紅公妃が高薛を呼び出したのは、その真意を確認するためであった。

 「高薛。私の屋敷に新しい侍女を入れましたね。主上の新しい姫候補ですか?」

 紅公妃は単刀直入に言う。妙な駆け引きをしないのが紅公妃という女性の強さでもあった。

 「はは。公妃様には隠し事はできませんな」

 高薛としても煩わしい問答をせずに済むのはありがたかった。

 「で、どうなのです?」

 「そのとおりです、公妃様」

 ではその少女を召せ、とは紅公妃は言わない。わざわざ侍女を呼び出すということ自体、公妃としての対面に関わると思っていた。

 「参りましょう。高薛、供をしなさい」

 「はい」

 紅公妃は自ら見に行くことにした。但し、どこかに行くついでに見かけたという体裁になる。紅公妃達は書庫へと行くということにして、秋桜達が清掃している区画へと向かった。

 紅公妃はまず遠目で秋桜のことを確認した。二人の少女が清掃をしていたが、どちらが件の少女なのか一目で分った。

 「今、窓を拭いている子ですね」

 「左様です」

 確かに源冬の好みの容姿をしていた。体の線が細いわりに胸が豊満で、陶器人形の透けた綺麗な肌をしていた。顔つきもまだ幼さを残しながらも、端正でどこか愁いを帯びている大人びた表情を見せていた。

 「流石は高薛ですね、主上のお好みを分かっている」

 「畏れ入ります」

 紅公妃は歩き出した。清掃をしていた秋桜と果明子が紅公妃の存在に気が付き、手を止めて跪いた。

 「ご苦労ですね、よく掃除をしてくれています」

 紅公妃は秋桜と果明子に声をかけた。この屋敷では侍女のことも気遣う優しい主人ということになっている。

 『本当によく掃除している……』

 先程まで秋桜が拭き掃除をしていた窓は綺麗に磨かれている。丹念に清掃したためだろう。

 果明子と秋桜は紅公妃に声をかけられても黙っている。許しがなければ声を発してはならなかった。

 「名は何と言う。直答を許す」

 紅公妃がそう言って初めて秋桜と果明子は声を出すことができた。

 「果明子です」

 「頓秋桜です」

 秋桜の声は上質な陶器を指で軽く弾いたような美しさがあった。歌舞音曲にも精通している源冬ならば、彼女に歌を歌したくなるだろう。

 『これはますます私の手元に置いておかなければ』

 将来的に秋桜が源冬に召される可能性は高いだろう。そうなった時、秋桜が紅公妃によって教育されたと分れば源冬の紅公妃に対する評かも上がる。

 「二人は明日より私の周辺に仕えなさい。侍女長には言っておきますから」

 紅公妃はそれだけを言って立ち去っていった。秋桜と果明子は目を丸くして主人の背中を見送っていた。

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