浮草の夢~19~
海戦は一方的なものになった。東方海賊側が静国軍の圧倒的な戦力に飲み込まれてしまった。
『完全に見くびっていた!』
静国軍の主力は陸上戦力にあり、開城戦力は非常に希薄であった。それだけに藤純達は海賊行為に及んでも討伐されず、逆に静国軍を翻弄することができた。しかし、ここにきて源冬は東方海賊の討伐に本気を出してきた。やるならば徹底的にやるという源冬の恐ろしさを目の当たりにすることになった。
「逃げるぞ!」
藤純は戦意を失っていた。今はただ一人も多く生き残らせることを考えるだけであった。
だが、静国軍の攻撃は容赦なく、矢の雨は間断なく降り注ぎ、藤純の仲間達が次々と倒れ、海中へと沈んでいく。そこへさらに巨船の間を縫うようにして静国軍の小船の群が姿を現した。その小船が異様なのは、小船ながらも屋根がついており、味方の矢の雨などまるで意に介さないように進んでくる。この小船の群の意図は明白であった。藤純達を追い掛け、群島の中にある拠点を見つけ出すことにあった。
「藤伍、上手くやってくれよ」
すでに静国軍船団の別動隊が群島に向かっている。藤伍も危機的な状況にあることを察しているはずである。
「頭!このまま俺達が群島に逃げ込むのは危険だ。藤伍達が脱出するまでは敵を引きつけるべきだ」
傍にいた部下が進言した。一瞬そのとおりだと思ったが、やはり群島に残してきた女子供達が心配であり、何よりも海路が狭くなる群島海域になるとあの巨船が入ってこれない。そうなれば自分達の方が有利になる。藤純はそう判断した。
「いや、敵を群島海域に引き入れる。地の利を活かせば反撃できる」
急げ、と藤純は声を荒げて命令した。
藤純が逃げ込んだ群島はもはや地獄絵図となっていた。先回りしていた静国軍の船団が島のひとつひとつに兵を揚陸させ、家屋を見つけては火を点けて回っていた。遠目ではあるが、海岸沿いに血の海と人々が倒れている光景が目に見えた。
『源冬とは人外か!』
藤純は叫びたかった。確かに藤純達東方海賊は静公の支配に反発し、海賊行為を行って静国の東方を荒らしまわった。時に殺生を辞さない時もあった。しかし、だからといって現在、源冬の命令によって行われている残虐行為はその報いとしてはあまりにも残酷過ぎた。
「頭!こいつはぁ!」
「見るな!本島を目指せ!」
藤伍は上手く逃がしてくれただろうか。あそこには母がいれば妹もいる。無事でいることを祈るしかなかった。
しかし、藤純の祈りは届かなかった。群島の中でも最大の拠点となっている本島と呼んでいる島にも静国軍の軍船がすでに横付けされていた。
「頭、これでは上陸は無理だ」
「裏につけろ!」
島の浦には複雑な形をした入り江がある。その奥を進んでいくと洞穴があり、秘密の脱出口になっている。そこは東方海賊の人間しか知らないはずである。藤純はやや遠回りするようにして本島の裏側に回った。そこにはまだ静国の軍船は見えず、藤純を乗せた船は入り江の洞穴を進んだ。船着き場には数隻並んでいるはずの船がない。ある程度は脱出できたのかと思い安堵していると、桟橋に人影が見えた。目を凝らすと手を振っている。藤伍であった。
「藤伍!何をしている。脱出したのではないか」
「半分は脱出させたが、間に合わない島もあった……。すまん」
藤伍は最後まで残って脱出の指揮を執っていいたらしい。
「謝罪はいい。俺達も脱出するぞ、乗れ」
間に合わなくなる、と藤純は藤伍の腕を引っ張ったが、藤伍はそれを振りほどいた。
「伍!」
「頭、まだ戦っている奴らがいる。見捨てることはできねえ」
「だったら、俺も」
「頭は行ってくれ。頭がいなければ、俺達は立ち行かねえ」
逃げるだけの時間を稼ぐ、と言って藤伍は藤純の乗る船を蹴って桟橋から離した。藤伍の意図を組んだ水夫達が船を洞穴の出口へと進めた。
「畜生!」
藤純の叫びが虚しく洞穴内部に響いた。
海戦はほぼ一日で終結した。昼前に始まった静国軍船団の攻撃は日没頃には残敵の掃討に移り、海上にはほとんど海賊船の船影はなかった。
「終わりましたな。一部逃げられたようですが、ほぼ壊滅というところでしょうか」
源冬の乗る旗艦がゆっくりと島々の間を進んでいく。島々の至る所で発生した火災はまだ継続中で、それが照明となっていた。
「手こずった海賊も本気を出せばこの程度か」
「頭目の藤純を捜しましょう。あの者を引きずり出して、首を都大路に晒さねばなりません」
鐘欽の進言に源冬はしばらく考えてから首を振った。
「無用だ。ここまでやれば海賊共も立ち直れまい」
後に調べさせたところ、海賊側の死体は女子供も含めて発見できただけでも約二百体に及んだ。これをもって源冬は東方海賊を掃討を完了したと宣言した。




