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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~18~

 東方海賊の構成人数はおよす二百人ほどであった。その家族を含めると約五百名ほどが群島を拠点に生活していた。その頭目と言うべき男がいた。名は藤純という。

 東方海賊は代々藤家が頭目を務めており、藤純も父に跡を継いで二年前に頭目に就任したばかりであった。まだ三十代半ばにも関わらずすでに頭目としての風格があり、家来やその家族達からも慕われていた。その藤純のもとに静国軍来襲の報告がもたらされた。

 「ふん、どうせまた偵察だろう。沈めてしまえ」

 第一報に接した藤純は楽観的に命じたが、近づいてくる静国軍が大船団であると知ると、認識を改めた。

 「見たこともない巨大な軍船が五隻もあるだと!」

 報告を受けた藤純は見張り台に上り遠望した。はるか遠くにそれと分かる無数の船団の中にひときわ大きい点が見えた。

 『これはまずい……』

 藤純は完全に油断していた。これまで国軍にはろくな軍船がなかったので、東方海賊は国軍を翻弄することができた。しかし、今回襲来してきた船団は東方海賊をせん滅するという強い意志を感じられる大船団である。

 「すぐに全員に出航の用意をさせろ。それと女子供には逃げる準備をさせるんだ」

 藤純は腹心であり従弟でもある藤伍に命じた。

 「頭、そこまでする必要はないんじゃないか?大きかろうが、俺達の敵じゃねえぜ」

 藤伍は大船団を見ても楽観的であった。船乗りとして優秀な男ではあるが、状況を把握するという点では短慮なところがあった。

 「海の上では俺達の方が強い。だが、それを覆滅するだけの数を揃えてきているんだ」

 「でもよぉ……」

 「用心のためだ。俺が敵の相手をする。お前が女子供を逃がす船の指揮をしてくれ」

 藤純が強く命じると、分かったよと言って藤伍はようやく了承した。

 頭目の命令が下ると海賊達の行動は早い。手持ちの軍船すべてを出航させ、静国軍の大船団に向かっていった。


 「海賊共が出てきました。数は三十、いや四十というところでしょうか」

 鐘欽が目を凝らして数を数えていた。源冬も海賊の船団を確認できたが、数までは分からなかった。

 「目がいいな、将軍。余と年は変わらぬであろう」

 「戦場に出ておりますと、自ずとそうなるものです」

 いずれも小舟ですな、と鐘欽は付け加えた。

 「数では劣るが、この巨船があれば敵ではあるまい。一部の船を迂回させて奴らの拠点に向かわせようと思うがどうか?」

 「よろしい考えかと思います」

 「よし。五隻ほど船団を離れて群島を目指せ!女子供でも容赦をするな。根絶やしにしろ」

 根絶やしだ、と源冬は念を押した。


 静国軍から五隻の船が離脱していくのを藤純も船上から確認していた。しかし、そのことを気にしている余裕がまるでなかった。それほど静国軍船団には偉容があり、東方海賊の船を飲み込もうとしていた。静国軍の船団は巨船ばかりではない。藤純達が乗っているような規模の小船もあるが、巨船の壁に阻まれてそれらに手を出すことは難しいそうだった。

 「火矢を使え!」

 近づけば近づくほど見上げねばならない巨船である。甲板までよじ登ることは無理そうなので火矢を放って巨船を燃やしてしまうしかなかった。

 藤純の命令一下、各船から火矢が静国軍の巨船に向かって放たれた。無数の火矢が宙を飛んでいく。いくつかは海に落下していったが、巨船に突き刺さった。しかし、どの巨船も延焼することはなかった。

 「どういうことだ!」

 藤純はさらに火矢を放つように命じた。だが、いくら火矢を敵に見舞っても巨船は炎上することはなかった。


 「ふん。火矢を使ってくることなど百も承知だ」

 源冬は海賊から放たれる火矢の群を見ても動じることはなかった。過去の経験上、海賊が火矢を使用してくることは承知していた。そのため源冬は対策を立てていた。巨船の外装部には火に強く燃えにくいと言われている木材を採用していた。この木材は内部に水分を含んでおり、泉国にしか自制していなかった。それを大枚をはたいて泉国から輸入していた。

 「効果はあったようですな」

 鐘欽は隣を進む船の様子を観察していた。火矢が巨船の側部に刺さってはいるが、矢先が燃えているだけで船自体に燃え移っている様子はなかった。

 「当然だ。大金を出して泉公に首を垂れるという屈辱もやったんだ。効果がなくては困る」

 海賊船団が緩やかに後退し始めている。流石に敵わぬと思い始めたのだろう。

 「さぁ、逃がすな!今度はこっちが矢を浴びせてやれ!」

 源冬は巨船の甲板に弓兵を並べて眼下の海賊船団に矢の雨を降らせた。

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