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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
633/965

浮草の夢~11~

 高薛の部下達が情報収集に出て二か月後、興味を引く情報が入ってきた。

 「北部の頓家の領地に条件に合う女性がいるようです」

 部下からの手紙にはその女性の詳細が書かれていた。どうやら頓家の侍女らしく、どういう経緯か分からぬが身分上は養女となっているらしい。容姿や体つきもまずまず源冬の意に沿うような感じである。

 「一度私の目で見た方がいいな」

 高薛は源冬に願い出て暇を貰った。良き女が見つかったとなれば源冬が許さぬわけがなかった。

 高薛は配下を連れて頓家の領地へと向かった。途中、宿泊地の領主が必ずと言っていいほど宿の押し掛け、高薛の機嫌を取り、多額の賂を置いていった。高薛はただの宦官ではない。侍従長であり、源冬のお気に入りであった。領主達が高薛の関心を買おうとするのは当然のことであった。

 『ご苦労なことだ』

 そのような領主達に対して高薛はやや冷ややかな目を持っていた。すでに国主の寵を得ている高薛からすれば宦官に遜る領主の姿は滑稽であり憐れであった。賂だけはありがたく頂戴して高薛は北を目指していった。

 二週間ほどの旅程を経て頓家領地に近い睦という邑に逗留した。

 「なんとも貧しい邑よ」

 宿で体を休めた高薛は窓から見える風景を目にして思わず嘆息した。宿が面した通りには人通りは疎らで、建物ものも古びたものばかりであった。高薛が逗留している宿も吉野から来た貴人が宿泊するにはあまりにもみすぼらしいものであった。

 「申し訳ありません。これでもここが最も栄えた邑でして……」

 配下の宦官が謝罪した。高薛が貧相な宿に憤慨しているとでも思ったようである。

 「分かっている。別に責めているのではない。ただ吉野の繁栄を思えば、この邑の貧しさは何なのだろうと思っただけだ」

 高薛も寒村の生まれであった。生家も当然のように貧しく、高薛は幼少の頃に売られて宦官にされた。

 静国における宦官の歴史は古い。すでに初代静公の時代からあったとされている。宦官については今更語るまでもない。後宮で働くために男性器を去勢させられた者のことをいう。元来は宮廷人の刑罰として用いられていたが、いつの頃からか宮廷においては忌避されるようになり、進んで宦官になる者達以外は、市井の罪人や奴隷に対して行われるようになった。そのため高薛の周りの宦官達も貴族の舎弟で借金のかたとして売られた者や吉野で窃盗を繰り返した罪人などがおり、その出自はおよそ国主の住まう宮殿に相応しいものではなかった。

 『吉野宮に売られた者や罪人が宦官となっているのも貧しさの象徴よ』

 高薛はそう思う時があった。この国が真に豊かであるならば、少年が売られることも窃盗を繰り返す者もいなくなる。源冬が実現した繁栄とは実は吉野周辺だけのことではなかった。しかし、高薛はそのことを口には決して出さない。宦官として政治に口出しするのは御法度であった。

 「さて、早速その少女を見てに行こう。準備をしろ」

 高薛は配下に命じて粗衣を用意させた。

 粗衣に着替えた高薛は徒歩で等の邑に向かった。宦官とはいえ高薛は国主に仕える貴人である。一定の富と名声を得た者であるならば、粗衣に着替えたり徒歩で移動したりするのを嫌うものだが、奴隷身分出身の高薛には抵抗感がなかった。

 等は睦よりもさらに寂しい邑であった。それでも商店が軒を連ねる一角があり、近隣の住民がここに買出しにくるようである。

 「その少女も通っているというわけだな」

 「はい。ですが。三日に一度程度で、今日来るとは限りません」

 「それならば会うまで通えばいい」

 源冬が喜んでくれるのであれば、そのぐらいの苦労は苦労のうちに入らなかった。高薛達は商店の軒先を冷かしつつ、件の少女が来るのを待った。

 「高様、来ました。運がありました」

 昼頃になり、配下が耳元で囁いた。高薛が配下が指さした方向に目をやると、侍女の服装をした少女が歩いてくるのが見えた。

 「これは……」

 なるほど見た目はいかにも源冬好みであった。まだ少女らしいあどけなさを残しつつも、顔立ちは全体的にほりが深く整っている。それでいて体つきは完全な大人の女性であり、腰の細さの割に胸が豊満である。源冬が好む女性の体形そのものといえた。

 「でかした。これは主にご推薦できる」

 「ありがとうございます」

 「よし、一度睦に帰ろう。それで頓家に私の来意を伝えるのだ」

 頓家ほどの下級貴族ならば養女を差し出せと言っても拒否はするまい。高薛は勝手にそう思い込んでいた。 

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