浮草の夢~10~
話は静国の国都吉野に移る。秋桜が頓家の養女となったこの頃、吉野は都市としての最盛期を迎えていた。
時の静公源冬は即位して三十年を過ぎていた。十年前に打ち出した国都改造計画は順調に進んでおり、十年前に比べて吉野規模は三倍以上になっていた。吉野は静国の国都として殷賑を極め、この時期の各国の国都の中では最も栄えていた都市となっていた。
「当代は名君よ」
吉野の人々は誰が褒め称えた。源冬の事績は吉野の繁栄だけではない。北に目をやれば、泉国のお家騒動に介入してこれを見事解決し、西に目をやれば国家として膨張しようとする条国の侵略を防ぎ、南に目を転じれば南部地方を荒らしていた大規模な盗賊手段を紂滅したり、と様々な目に見える功績を次々とあげていた。
源冬は来年で五十歳となる。すでに老齢に入らんとしていたが、まだまだ政治には意欲的であり、静国のさらなる繁栄を誰しもが信じて疑っていなかった。
だが、私生活においては順風とはいかなかった。というよりも不満が存在していた。その不満の種は女である。
私生活における源冬は女色家として知られ、後宮には数多くの寵姫を囲っていた。しかも源冬の女性の愛し方は極端であり、気に入ると極端に溺愛し、そしてすぐに飽きて別の女性へ愛情を向けてしまうのである。為政者として愛の醒めた女を後宮から放り出すこともできないので、いつしか後宮には源冬にとって用の住んだ女が住み着く場所となってしまったのである。勿論、そのようなこと源冬は気にせず、新たな女を欲するのであった。
「どこかに良き女はいないのか?」
それが私生活における源冬の口癖となっていた。
「良き女はどこに行けば会えると思うか?」
政務を終え、奥宮でくつろぐ源冬は宦官の高薛に尋ねた。高薛は源冬の身の周りの世話をする宦官達を仕切っている侍従長であり、源冬が気楽に話をできる数少ない家臣であった。
「さて……そのような話を宦官である私にされましても……」
「別にお前に女性の好みを聞いているわけではない。良き女が集まる場所はないのかと訊いているのだ」
源冬は高薛が淹れた茶をうまそうに飲んだ。源冬の身の回りの世話は実に多岐に渡る中で、茶を淹れるのは高薛の仕事となっていた。高薛の淹れる茶が一番美味いらしく、戦場にも連れていくことがあるほどのお気に入りであった。
「それならば宴席をお開きになればよろしいでしょう。公族貴族の美しい娘達が揃いますでしょう」
「そのような女達にも飽きてきた。あやつらは着飾って美しく見せることに必死でどうにもそそられん」
余も年を取ったのかな、と源冬は杯をあげて茶のお代わりを所望した。高薛は肯定も否定もせず黙って茶を注いだ。
「それにな。公族貴族の娘達の背後には実家の影がちらつく。そいつらが鼻息荒くして娘が手つきになるのを待っていると思うと、安心して愛することもできん」
なるほど、と高薛は心の中で思った。源冬が女を愛し子ができれば、身分ある女であれば夫人に取り立てねばならない。そうなれば女の実家が権勢を強めていき、派閥争いの種となる。その煩わしさから最近では地方の下級貴族や市井の女達を寵姫としてきたが、それらの女は源冬が満足するような器量や強要がなく、なかなか気に入る女が現れていなかった。それこそが源冬の最大の不満であった。
『私に探せと仰っているのだ』
高薛は源冬に仕えて三十年経つ。主の事は手に取るように分かっていた。ここで私が探します、と言わないのが高薛であった。秘密裏に事を進め、源冬を満足させるのが高薛の手並みであり、源冬は高薛のそういうところを気に入っていた。
源冬の部屋を辞すると高薛は早速行動に移した。
「主は新しい女性を探している。身分があってはならんが、相応の美しさと教養がいる。国内に限らず、そういう女性を見つけ出すのだ」
高薛は配下の宦官にそう命じた。彼らもまた源冬との付き合いが長いので源冬が好む詳細の女性像というものを心得ている。彼らは国内外あらゆる場所に派遣されていった。
「それにしても……主の女好きも度が過ぎる」
部下達を送り出した後、高薛は改めて主君の好色ぶりに辟易としていた。これで寵姫が一人増えれば後宮での仕事がまた増える。ただでさえ、今の限られた宦官の数での後宮の運営は手一杯の状態である。宦官という立場上、面と向かって人手や予算の増加を言い出すことができない。頭が痛いところであったが、それでも主君に対して諫言できず、唯々諾々と従うのが宦官である。
「だが、我が主は名君であり英雄であられる。多少の女色は英雄の特権であろう」
だからこそ高薛は源冬に仕えることを誇りに思い、英雄の口から出てくる無理難題をなんとしても解決しようと思うのであった。




