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七国春秋  作者: 弥生遼
黄昏の泉
63/1004

黄昏の泉~63~

 相史博が派遣した湯瑛が北上してくる。その情報に接した相宗如は、それが自分への援軍ではないことは分かりきっていた。

 『兄上が私を討つのか……』

 相宗如が泣きたくなってきた。援軍を派遣しないのならまだしも、討伐の軍を差し向けるいうのは、あまりにも非情ではないか。相宗如は天に向かってそう叫びたかった。

 「翼公と会ったことが裏目に出てしまいました。臣としても不覚でございました」

 備峰が頭を下げた。備峰にとっても相史博の思慮のない浅はかな派兵を予測できなかった。

 「いや、いずれ丞相は私を討つつもりだったんだろう。翼公とのことは理由にされたに過ぎない。まもなく一ヶ月。翼公もやって来よう」

 「それでございます。翼公と湯瑛の軍が争う可能性もありますし、樹弘とやらが泉春を攻めるかもしれません。そうなれば湯瑛軍も引かざるを得なくなります」

 備峰らしくな楽観論だな、と相宗如は思った。樹弘の動向は分からぬが、間違いなく翼公は相史博が相宗如を攻めたとなると静観して漁夫の利を得ようとするだろう。翼公にはそういう老獪さがあった。

 「ともかくも、我らは篭城して戦うしかない。今はその準備をして活路が開かれるのを待とう」

 その活路とは何か。明確さを持たぬまま、相宗如はそう命じるしかなかった。


 義王朝五四二年十月二十八日。相史博から派遣された湯瑛軍が泉冬近郊に姿を現した。すでに相宗如は、この軍が援軍である可能性はきわめて低いと布告しており、臨戦態勢を整えていた。

 「まさか相軍が相打つことになるとは思いませんでした。しかし、逃げ出す者が少なかったのは幸いでした」

 備峰は楼台から布陣する湯瑛軍を見ての感想を述べた。相宗如と備峰の間では、湯瑛軍が来襲することで逃走する兵士もでるだろうと予測していたのだが、その数は二人の予測をかなり下回っていた。泉冬にいる将兵の多くが相家そのものではなく、相宗如という個人を慕っていたということであろう。

 『逃げてくれればよかったのだ……』

 口にはできないが、相宗如は本気でそう思っていた。この戦いの前途は暗い。おそらくは凄惨な篭城戦となるだろう。一兵でも多く逃げてくれていれば、それだけ救われる命も多くなっただろう。そのことが相宗如に口惜しかった。

 翌日。湯瑛軍は降伏を呼びかけることなく泉冬に攻めかかった。湯瑛はこれまで数多くの武功を立ててきた勇猛な将軍であったが、相宗如の命をもって泉冬を開場させるなどといった配慮や、泉冬の一般将兵を動揺させるといった詐術などまるで無縁な男であった。この場合も湯瑛にとっては、相史博に攻めよと命じられたから攻めているだけのことで、あげた首級の数が即ち己の武功であると信じて疑っていなかった。

 この行為がまた泉冬の将兵を結束させた。降伏すれば許されると考えていた者達も、湯瑛の壮絶な攻撃を目の前にして、降伏をするという選択肢がないことを悟り、相宗如と運命を共にすることを決めたのだった。そのため、湯瑛軍の果敢な攻撃にもかかわらず、一週間たっても泉冬の城壁を越えた者は一人もいなかった。

 だが、相宗如は楽観していなかった。むしろ前途に悲観的であった。日に日に兵糧の山は少なくなっていき、倒れ運ばれてくる将兵は後を絶たなかった。しかもこれらの補充はないのである。

 『活路があるとすれば、樹弘が泉春を攻めることしかないのだが……』

 相宗如はかすかに期待していた。あるいは翼公が出現することで、湯瑛が動揺するかもしれないが、どちらにしろそれまで泉冬を持ちこたえさせなければならない。

 「宗如様。このまま篭って手をこまねいていても徒に兵を消耗するだけです。ひとつ打って出ましょう」

 相宗如に進言してきたのは里圭という男であった。文官として相宗如を支えるのが備峰なら、文官として支えているのが里圭であった。剽悍ではないが、戦場の空気を感じるのに長けていて、戦術を持って相手を翻弄し、数多くの戦場で相宗如を助けていた。

 「しかし、彼我の戦力差がありすぎる」

 「ご懸念には及びません。決死隊を募って夜襲します」

 里圭は多くは語らなかったが、成算はあるのだろう。相宗如は里圭に任せることにした。

 

 里圭は早速将兵の中から決死隊を募集した。

 「三十名でいい。宗如様のために命を懸ける名誉を担うものは私と来い」

 そう声をかけたところ、五十名ほど名乗り出てきた。その中から里圭は厳選し、三十三名の兵士達を夜襲部隊とした。

 この三十三名は夜陰に紛れ泉冬を密かに出て、湯瑛軍の中に入り込み兵糧庫を見つけると、火をつけて回った。さらに彼らが大胆だったのは、敵の本陣近くまで侵入し、敵襲を触れ回って同士討ちを誘発させた。

 湯瑛軍は混乱した。兵糧庫を襲われたことで、敵襲が本当だと錯覚し、数百人単位の死傷者を出す事態となった。朝方になるとこの三十三名の奇襲部隊は風のように去り、泉冬に戻ってきた。この戦果に泉冬は沸き立ったが、このことが泉冬を危機に陥れた。

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