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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~5~

 秋桜達を乗せてきた馬車が去ると、他の男達も姿を消していった。大きな門扉も閉じられ、一瞬の静寂が訪れたかと思うと、あちこちから子供達の声が聞こえてきた。

 泣き声、ため息、絶叫。その重苦しい音に秋桜は押しつぶされそうになった。

 『寝てしまった方がいい……』

 その重さから逃れるには何も考えないようにするしかない。秋桜は牢屋の隅に無造作に置かれていた筵の上に寝ころんだ。窓もない建物なので外の様子が分からない。馬車がこの邑に到着したのは夕方。ということはもう夜にはなっているだろう。寝るにはよい時間であった。

 「明日……か」

 男達は明日になれば客が来ると言っていた。明日になれば秋桜の行く末が決まる。どこかの富商や領主の屋敷に奉公するのか。それとも男達の慰めものとなるのか。考えると不安しかなかったが、長い時間馬車に揺られて疲れが出てしまったのか秋桜はすぐに眠ってしまった。

 

 翌朝、秋桜は目覚めた。疲れが取れぬ、重くだるい目覚めであった。相変わらず牢の中は暗く、朝日が昇っているのかどうかも分からなかった。

 「朝食も出ないの?」

 秋桜は鉄柵に近づいて牢の外の様子を窺った。まだ寝ている子供達が多いのか、非常に静かであった。また男達がいる様子もない。眠たくはないが、横になっておこうと思い筵のある方へ移動すると、外が騒がしくなった。

 「おら!ガキども!起きろ!」

 怒鳴ったのはあの蛇ような男だった。その後ろにはまたも知らぬ人々がたくさんいた。蛇男の仲間というわけではなさそうで、老人もいれば女性もいた。これらが客なのだろう。

 「ささ、皆様。じっくりとご覧ください。中には昨日入ってきた者もおりますぞ。気に入った者がおりましたらお声掛けください」

 蛇男は客に対しては丁重であった。客達は三々五々、建物の中に入って牢屋の中の少年少女を物色し始めた。

 ぞろぞろと客が牢屋の前を通過していく。下卑た視線を投げかける男や熱心に品定めするように凝視してくる女など、客の様子は多種多様であったが、どうみてもお屋敷を持っていそうな富商や領主の従者はいなかった。

 秋桜の牢の前に男と女が立ち止まった。じっと秋桜のことを眺めている。

 「姉さん、良さそうじゃねえですか。女としての熟れがありますぜ、こいつ」

 どうやら女の方が主人らしい。女は異様なまで化粧が濃かった。

 「ふん、駄目だね。いい女ではあるが、私達のお客は少女なら少女らしいのを選ぶ。こいつは少女にしては大人すぎる」

 行くよ、と女が牢の前を後にした。男は名残惜しそうな視線を一瞬だけ向けて女に従っていった。

 秋桜がほっと安堵していると、別の男が秋桜の前で足を止めた。この初老の男は、先程の男とは様子が違っていた。身なりはよく整っており、その表情から卑しさを見て取れることがなかった。

 「名前は?」

 「秋桜」

 「秋桜か。ふうん、良い名前だ。それに良い声だ」

 初老の男も良い声をしていた。初老の男がまた何か言おうと口を開きかけると、どこかからかつんざくような悲鳴が聞こえた。

 「嫌よ!いやぁぁっ!」

 それは間違いなく香の声であった。しばらくしていると、香が泣き叫びながらさっきの男に手首を掴まれて連れて行かれる様子が見えた。

 「うるせえ!静かにしねえか!」

 男が吠えた。

 「いいねいいね。客の中にはそういう態度がそそるという奴もいるんだ。今のうちに涙涸らすんじゃないよ」

 女が笑いながら言った。香の絶叫が次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 「嫌なものだな、ああいうのは。ま、こういう場所に足を運んでいる私が言えたことではないが……」

 初老の男は再び秋桜に視線をおとした。さっきの香が連行される様子に秋桜は体を震わしていた。

 「秋桜。私がさる領主に仕える家僕だ。それほど大きな屋敷ではないが、働ける侍女がいない。仕事は多く大変だが、それでもいいか?」

 「やります!」

 秋桜は即座に反応した。初老の男が嘘を言っているかもしれなかったが、さっさとこの場から離れたかった。

 「良い返事だ。おい、この少女を貰い受けるぞ」

 初老の男が言うと蛇男が飛んできた。初老の男が金子が入ったと思われる革袋を渡すと、蛇男は牢の扉を開けてくれた。

 「運がいいな、お前。旦那に感謝するんだな」

 蛇男が丁重に秋桜の手を取って牢から出してくれた。初老の男がどういう素性の人物かまだ分からないが、秋桜は多少救われた気がした。

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