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七国春秋  作者: 弥生遼
浮草の夢
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浮草の夢~4~

 香という少女は変わっていた。荷台に乗せられている他の少女が無表情に諦めきった顔をしているのに対し、その言動からはこれからの自分の境遇に希望を見出しているようなところがあった。

 『それほどの貧家だったのか』

 秋桜は最初はそう思っていたのだが、彼女との会話の中から察すると、秋桜の家とそう変わりないものであった。秋桜の両親のように両親も冷淡ではなく、家族そろって泣いて見送ってくれたらしい。

 「なんでみんな泣いていたのか分からない。だって、娘が貧しい生活から抜け出して、自分達も金子が手に入るのよ。喜んで送り出すべきじゃない」

 香は無邪気に言った。秋桜も琶での生活より多少ましな生活ができるであろうとは思っていたが、香ほど無邪気にはなれなかった。彼女の無邪気さはあるいは生来のものであるかもしれない。

 「お屋敷に奉公できるとは限らないでしょ?」

 秋桜が言うと、香は驚いたように目を丸くした。

 「あら、知らないの?私達は最初からお屋敷に奉公するために集められたのよ」

 そうでしょ、と香は御者台の男に声をかけた。御者台の男はちらりと振り返って、すぐに前を向いた。

 「この国ではなぁ、十歳以下の奴隷の売買は禁止されているんだ」

 御者台の男が話し始めた。野太くはあったが、存外優しい口調であった。

 「おかしいよな、御当代は名君との誉れ高い御方なんだぜ。それなのに貧困にあえいでいる者達がいて子供を奴隷として売るんだ。おかしいよな」

 俺だってこんな商売したくねえんだ、と御者台の男はそれきり口を噤んだ。秋桜と香もそれからしばらくは何も話をしなくなった。

 後に秋桜が源冬の寵姫となり、その寵愛をいいことに政治に口出しをするようになった。その最初となったのが、奴隷禁止の年齢を引き上げたことであった。このことばかりは後世からも評価されるようになり、次々代となる源真の世で奴隷制度が全面的に廃止になるのであった。


 馬車が大きな邑に入った。琶の邑しか知らぬ秋桜からすれば目もくらむような大規模な邑であった。後に静国の国都である吉野を知るに及ぶと、取るに足らないような地方都市だったと思える程度の邑でしかなかったが、この時の秋桜からすると今までの自分の生活が何であったかと思えるほどであった。

 「見て見て!これが都会よ」

 香はやはり無邪気であった。他の項垂れていた少女達も、始めてみる大きな邑が多少気になるのか、幌から顔をのぞかせていた。

 「ここで働くのかしら」

 秋桜としても邑の規模を見て希望を持たざるを得なかった。どういう仕事であれ、この邑で生活するとなれば、それなりの生活ができるのではないか。そういう淡い思いが秋桜にも湧き上がってきた。

 しかし、馬車は少女達の期待を裏切るように、狭い路地裏へと入っていった。建物が急に廃屋に等しいものばかりになり、人通りも途絶えていた。流石の香も黙り込んでしまった。

 馬車は狭い路地裏を進むと、大きな建物の前で停まった。大きくはあったが、あちこちに朽ちた箇所があり、少女達の希望が次第に掠れていった。

 御者台の男は建物の前に立っていた男と言葉を交わすと、建物の中に馬車を入れた。薄暗い建物の内部のあちこちに松明が置かれていて、その灯りが映し出す光景に秋桜は絶句した。

 狭い牢屋のような部屋がいくつもあり、その中には秋桜と同い年ぐらいの少年少女が入れられていた。嘘よ、小さく呟く香は震えていた。

 「へ、上玉じゃねえか」

 さっきと別の男が幌の中を除いた。蛇のような目をした男は、やはり蛇のような舌で舌なめずりをした。

 「商品だ。手を出すなよ」

 御者台の男が釘を刺すように言った。

 「分かっているって。それで、いつ売りに出すんだ?」

 「明日にでも。お客には声をかけてある」

 「ひひ。じゃあ、明日は酒盛りに女だな」

 蛇男と御者台の男の会話の意味が秋桜にはまるで分からなかった。どこからかまた別の男達が現れ、少女達の手首をつかんで荷台から引きずり出した。秋桜も屈強な男に担がれて、牢屋のひとつの投げ込まれた。

 「ひどい!」

 という香の絶叫が聞こえた。しかし、香がどこの牢の入れられたのかまるで分からなかった。秋桜も将来に対して過度な期待をしてしまった自分を後悔していた。

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