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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
622/965

栄華の坂~100~

 一年後、服喪を終えた斎烈を待っていたのは斎慶宮の居心地の悪さであった。嫌々ながら始めた弟の服喪を終えて、さていよいよ自分が国主となれると思っていたのに、誰一人として斎烈に近侍してくる者はいなかった。

 「これはどういうことだ?」

 斎烈は服喪を終えれば自動的に国主となれると思っていた。しかし、斎烈を迎えに来る者などおらず、わずかな近習が身の回りの世話をするために訪れるだけであった。

 「いつになったら丞相は余を迎えに来るのだ?」

 斎烈は堪らず近習達に声をかけたが、

 「表向きのことは我々には分かりませぬ」

 と言うばかりで埒が明かなかった。

 この時すでに条元を除く閣僚達は、

 「条元殿を国主とすべし」

 という意見で一致していた。条元の声望は国主という形骸化した権威を上回り、条元が上に立たねば斎国の政治ができぬ状態になっていた。

 「条元殿が丞相として政を行われてもよろしいでしょうが、国主より名声を得た丞相がそのままの地位に居続けると、やがて主上は条元殿を憎み、再び乱の火種となるでしょう。それを避けるためには非常の手段しかありますまい」

 斎烈が服喪を終える以前から、閣僚を代表して陶進が条元に進言した。条元としてもそのようなことは分かり切っていることであり、閣僚の誰かがそう言ってくるのを待っていた。

 「それは僭越なことだ」

 条元はやんわりと退けたが、本心ではない。そのような声が高まるのを待ち続けた。そして斎烈が服喪を終えた頃には閣僚の総意となっていた。

 「斎国開闢以来、様々な国主が生まれてきました。また同時に様々な乱が発生してきましたが、時の国主が見事に治めてきました。しかし、当代の乱は国主の家柄である斎家によって沈められず、丞相によって治められました。このことは条家によって斎国を治めよという天命に他なりません。ゆめゆめ丞相に置かれましては、斎国のためにご決断くださいますようお願い申し上げます」

 国主不在の朝議の場で、閣僚を代表して陶進が申し出た。これはもはや公的な要請であった。条元は一度は固辞した。これは謂わば儀礼的なものであり、二度目の要請も同じように固辞した。そして三度目の要請があった時にようやく、

 「国家の重職にある皆々様が言うのであれば、まさに天命でありましょう。その天命に叛くほど、この条元は不遜ではありません。皆様の発言を天命としてお受けしましょう」

 条元はその足で斎烈のもとを訪れ、斎烈の形ばかりの斎公への即位式を行い、数刻後には譲位を迫った。すでに状況を察していた斎烈は抵抗することはなかった。ただひとつ、譲位することについて条件を付けた。

 「国主の座は譲っても良い。但し、斎家は斎公として居続けたい。そうでなければ、私は斎家の祖霊に祟り殺されてしまう」

 条元はこの条件を飲んだ。もともと条元としても斎家を消滅させるつもりもなかった。こうして国主の座から降りながらも、義王からもらった爵位である『公』と維持する斎公という存在が誕生することになった。

 同時に斎国の国主が仮主である条公となった。初代条公となった条元が国号を条国へと替えるように義王に要請したのは、条公となってから三年後のことであった。斎国という国号を慕う民衆のことを慮ってことと言われているが、義王と界公がなかなか首を縦に振らなかったという側面もあった。これに対して条元は界国の数年分の国家予算に等しい献金を行い、ようやく承知させたのであった。


 条元の治世は十年近くに及んだ。条元が条公となってからは主だった戦乱がなく、条国繁栄の礎を築くことになった。晩年、条元は昔を懐かしむように懐柔することがあった。

 「俺の人生は坂道のようなものだった。谷底からゆるやかな坂道を上り、今の地位を得た。時として回り道もあったかもしれないが、常に上だけを向いて歩いてきた。人の人生というものはそういうものだ。たとえどんな暗がりであり、急斜面の坂であっても前を向いて歩けばいい」

 それが栄華を得るための道程だ、と条元は遺訓を与えるように言った。

 条元が築いた条国はその後約三百年近く続いた。中原の歴史において神器に寄らない仮国がこれほど長く続いた例は非常に稀有なことであった。


栄華の坂 了

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