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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
620/965

栄華の坂~98~

 律伸軍が壊滅したことにより、条元を遮る者はいなくなった。日和見していた諸侯も挙って条元の陣を訪れ、帰属することを誓った。

 慶師が近くなると、条元は一度軍を止めた。

 「慶師に抵抗する様子はない。大軍は民衆を刺激してしまう。慶師に向かうのはわずかでいい」

 条元はそう言って、自らの私兵と信頼のおける陶進の手勢だけを率いて慶師に入城した。

 慶師の城門はすでに開かれていた。城門には斎文に従っていた閣僚達が拝跪して条元を待ち受けていた。

 「どういうつもりで拝跪しているのか知らんが、お前達が首を垂れる相手は正反対にいるのではないか?」

 条元が兵車の上から嫌味を含んだ言葉を投げかけたると、閣僚達は媚びた笑みを浮かべた。

 「斎文様が斎公となられた時に閣僚の首をすべて挿げ替えておくべきだったな。そうすれば、斎文様の命脈も続いたであろうに。これは私の過失だな」

 条元は閣僚達の拘束を命じた。閣僚達は抵抗せず、大人しく縛についてた。

 「安心するがいい。命までは取らん。お前達の血など、大地を汚すだけだ」

 条元はそれだけを言うと、兵車を出発させた。このような小物に関わっている場合ではなかった。条元にはこれより最大の問題を片付けなければならなかった。

 条元を乗せた兵車が慶師に入ると、沿道に民衆が集まっており、歓声をあげた。

 「条元様万歳!」

 民衆は口々に条元のことを称え、中には、

 「条公万歳!」

 とすでに条元のことを公と呼ぶ者もいた。条元は笑みをもって歓声に応え、兵車は斎慶宮へと入っていった。

 斎慶宮でも抵抗はなかった。斎文を守るべき近衛兵も武器を捨て条元に帰順した。

 「国主を守る近衛兵の人選を誤ったらしいな」

 ここでも条元は辛辣な言葉を投げかけたが、特に処罰を言い渡すことはなかった。

 条元は朝堂に入った。斎文が項垂れながら玉座に座っていた。

 「主上……」

 斎文は変わり果てた姿をしていた。条元に問いかけには応えず、虚ろな瞳を向けるだけであった。

 「主上、臣が主上を惑わす奸臣を紂滅致しました。これよりは臣、条元が政を行い、主上を補佐いたします」

 条元は膝をつき、臣下の礼を執った。

 「許す」

 斎文は細い声で即答した。そう言わねば自分の命がないことは今の斎文でも理解できた。

 「主上は心安らかにお過ごしください」

 「条元……余は何を間違ったのだ?」

 この一瞬、斎文の瞳に光が宿った。条元と出会った頃の斎文に戻ったようであった。

 「臣を……いや、他者を信じられなかったことです。それと他者を信じ過ぎたことです。矛盾しているようなことを言っているようですが、その均衡を取ることこそ肝要なのです。自らの目で確かめ、信用できる者とそうでないものを見極められなかったのが、主上の限界だったのです」

 「余は……余は……不徳の君主であった」

 不徳であったからこのような事態になったのではない。条元はそう声をかけたかったが、思い留まった。もはやこの主君が表舞台に立つことはないであろうから。

 翌日、条元は斎国丞相に就任した。大将軍には陶進が就任し、閣僚もほぼ挿げ替えられた。

 「これより斎国の政は、主上より信任を得たこの条元が行う。我が言葉は即ち主上の御言葉と思っていただきたい」

 条元は閣僚の前で悪びれることなく言い切った。当然異論を挟む者などなく、それどころか閣僚達は、遠くない将来、この丞相となった男を主上として仰ぐことになることを確信していていた。


 丞相として慶師に留まった条元のもとに訃報がもたられた。義父である謝玄逸が亡くなったという報せが条耀子から届けられたのである。

 「義父上が……」

 条元は執務室で一人になると静かに泣いた。今の条元があるのは間違いなく謝玄逸のおかげであった。

 「義父上との出会いがなければ、私は単なる金貸しで終わっていただろう」

 条元は謝玄逸を利用し、詐術をもって美堂藩を乗っ取った。そのことに謝玄逸は気がついていたのではないか、と条元は最近になって思うようになっていた。それは条元の手前勝手な解釈なのかもしれないが、条元が美堂藩の藩主となっても臣下として従ってくれたことを考えても、すべては承知の上であったのかもしれない。

 「だからこそ、義父上は私の最大の理解者だ」

 条元としては今すぐにでも堂上に戻って義父を弔いたかったけど、斎国の丞相として今は慶師を離れるわけにはいかなかった。弔意を示す書状を認め、堂上に送るにとどめた。

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