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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~97~

 大将軍となった律伸は私兵を率いて栄倉を目指した。その道中で勅諚に応じた諸侯が集まり、朝敵を討つに相応しい大軍となる。律伸はそう考えていたが、現実は異なっていた。勅諚に応じる諸侯は極めて少なく、行軍中に立ち寄った藩主や領主に律伸自身が出陣を促しても、

 「我が殿は病のため……」

 と断られるばかりであった。代わりに兵糧の提供を受けることもあったが、それはまだ良い方であり、あからさまに行軍を妨害する諸侯もいた。

 「これはどういうことだ……」

 律伸からすると意外でしかなかった。すでに斎公の権威など無きに等しく、斎国の人々は条元に期待を寄せている。権力者の権威というものが当たり前に存在していると思っていた律伸は、完全に世情を見誤っていた。

 その一方で条元側の意気は高かった。当然であろう。今や諸侯にとって自分達の土地を保全してくれるのは条元の威望と才覚であった。それは庶民の生活も同様であり、四公子の乱から始まる乱世を経験してきた人々にとっては、見せかけの権威など無用の長物でしかなかった。

 「斎公は律伸のような奸臣に唆され、道を誤られた。今の斎国を正すのは条元殿しかない!」

 真っ先に条元に味方したのは陶進であった。この好漢が条元に味方することを宣言したことによって我も我も諸侯が軍勢を率いて栄倉へと集まった。条元としても彼らの思いのためにも、官軍である律伸軍と戦わねばならなかった。

 条元は軍を二つに分けた。ひとつは条春に率いさせ、斎国北西部に割拠している師武への牽制にあてた。もう一軍は条元自ら軍を率いて、律伸と対決することにした。この軍には陶進の他に佐干甫も従軍していた。

 「心ある者は聞け!慶師におられる主上は律伸などという佞臣に騙されている。主上と条元殿の間を裂き、斎国の権勢を我が物にしようとしている。諸君達、思い返してみよ。諸君らの領地を安堵し、係争を調停してくれたのは誰か?条元殿ではないか!その条元殿があらぬ罪で朝敵とされ、討伐される憂き目に遭っている時に何もしないというのは武人としての恥ではないか!」

 条元に助けられた一人として、佐干甫の檄は迫力があった、この檄は条元に恩義ある諸侯達の心を打ち、手勢を率いて合流してくる者達が後を絶たなかった。

 これに加えて栄倉に留まり、軍の補給を一手に引き受けている条隆は輜重部隊を止めどなく送り出し、周囲の邑にこう伝えさせた。

 「我が軍に参加すれば、食いっぱぐれることはない。腕に覚えのある者は従軍すればいい」

 民衆達も条元の善政がどのようなものか知っている。腕っぷしのある者達は我先にと従軍を志願した。律伸軍と決戦を前にして条元軍は本体だけでも七千名に達しようとしていた。


 片や律伸を大将とする官軍は人数が振るわない。律伸の私兵を合わせても四千名に届かなかった。

 「これほどまでに主上の人気はないのか?」

 律伸は驚くしかなかった。斎文の人気の無さもそうであるが、朝敵となった条元にどうして人々が吸い寄せられてくるのか。律伸はそのことを考えるべきであった。律伸軍に参加した諸侯も条元が率いる大軍を見て衝撃を受けた。

 「ひょっとして我らは付き従う御方を間違えたのかもしれませんな」

 律伸軍の諸侯達は囁き合い、実際に離脱して条元軍の本陣に駆け込む諸侯もいた。

 両軍は激突した。勝敗は言うまでもなく、条元軍の圧勝となった。大軍でもあっても規律的に動いた条元軍は、小勢となった律伸軍を包囲し殲滅した。

 この戦闘で律伸は捕らわれの身となった。拘束され条元の前に引き出された律伸は悔し気に条元を睨み据えた。

 「この朝敵!恥を知れ!」

 「律伸よ。共に文様を主上にするため尽力した仲であるのに、残念だな」

 「何を言う!その文様を裏切ったのはお前ではないか!」

 「私が文様に主上になっていただこうと思ったのは、そうなれば斎国が平穏になると思ったからだ。しかし、結果はどうだ。文様は徒に兵を起こした」

 「それが貴様が!」

 「全ては私の責任か……。そうやって何もかも他者の責任として、いかにして国政に責任を持つのか。朝議にて主上を支えるべき者がこのようであっては、国家の政などできまい」

 「ふん、詭弁を」

 「詭弁か。そうかもしれんな。言いたいことがそれで終わりなら面会はここまでだ。生憎私は慶師に行かねばならないのでな」

 条元は律伸を後送させた。その後、条元は律伸の領地を没収し、栄倉近郊の山荘に軟禁した。命こそ奪われなかった律伸は条元が条公となるのを見届けて没している。

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