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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
615/964

栄華の坂~93~

 条元の栄倉と慶師を往復する多忙な日々は続いた。

 「今日は慶師に人が多い。ということは条元様が慶師にいらっしゃるのだな」

 民衆は条元が慶師に上ってくることを喜んだ。条元が慶師におれば、条元に何事かの話がある諸侯が集まり、慶師が経済的に潤うからであった。逆に条元が慶師から去れば、それに合わせるようにして人がいなくなり、斎国の人の流れは条元によって決まると言われるほどであった。

 「主上は慶師にあり。慶師におられる主上こそが天下の主催者にも関わらず、何事もまずは条元条元と……。これはで朝議の意味がない」

 条元が慶師を去ったある日の朝議で、波朝は我慢の限界とばかりに条元に対する不満を口にした。朝議の参加する閣僚のほとんども同じ思いであり、斎文は重苦しそうな顔をして俯いていた。

 「主上、このままでは主上の主上としての権威が失墜致します。ここは条元から役職をはく奪致しましょう」

 思い切ったことを言ったのは律伸であった。律伸としてはここで条元を追い落とす好機であると睨んでいた。

 「条元は余を国主としてくれた。余はその恩をあだで返すことはできぬ」

 斎文は苦しそうに言った。斎文としても自分が国主として軽視されている現状を歓迎しているわけではない。寧ろ腹立ちと焦りを感じている。しかし、だからと言って大きな恩がある条元のことを敵とすることはできなかった。

 「主上、主上が国主である以上、条元などに諸侯の衆望を盗られてはなりません。今ここで成すべきことは、天下の主催者が誰であるかを知らしめることです。たとえ恩がある者であっても、主上の威光を陰らす者は排除すべきです」

 律伸はここぞとばかりに凄みのあることを言った。閣僚達も概ね律伸の言葉に賛成であり、声に出して賛意を示した。

 「……ならば条元の役職をはく奪し、朝議に参加することを禁じる。これでよいか?」

 斎文は半ば押し切られる形で決断をした。


 条元の慶師での役職をはく奪するという通知はすぐに栄倉に届けられた。さして驚く雰囲気もない条元はたまたま栄倉を訪ねていた陶進にそのことを告げた。

 「条元殿!これは律伸達の仕業です。奴らは主上から条元殿を遠ざけ、国家の要職を独占するつもりでいます。すぐに慶師に上り、主上に撤回を要求された方がよい」

 陶進は顔を真っ赤にして我が事のように怒りを顕にした。

 「よいのですよ、陶進殿。私も栄倉と慶師の往復が続き、疲れていたところです。これは良い機会でしょう」

 条元は余裕のある所をみせた。実際に条元は慶師に上ることを億劫に思っていた。

 「しかし……」

 「それに私は誰かのように国政には興味がない。美堂藩を栄えさせ、我が家族と家臣と民衆を守るのが私の仕事であると思っています」

 「条元殿のその心がけ、見事ではありますが……」

 「私が斎文様を擁し奉ったのは、斎文様が国主となれば私が美堂藩でやっていることを斎国全体で実行しうると考えていたからです。斎文様にはそれだけの資質がおありですし、私もそのように接してきたつもりです」

 「だが、奸臣が周囲にいては主上も思うようにはできますまい」

 「左様です。しかし、君主というのは臣下の正邪を見抜く心眼を養わなければなりません。それについても私は斎文様に色々とお教えしてきたのですが、さてはて……」

 斎文はどうでるだろうか。条元はやや楽しみな気がしていた。


 条元が朝議から追放されたと情報は斎慶宮から漏れ、瞬く間に斎国全土に広がった。条元という存在に斎国再建を期待していた人々は失望を隠さなかった。

 「条元という御方は美堂藩を豊かにし、民衆の暮らしぶりを向上させた。それが斎国全土に広がると思っていたのに……」

 誰しもが美堂藩での条元の善政を知っている。そのような男が斎国の忠臣に座れば、彼の善政が斎文の名前の下で広がりを見せるだろうと思われただけに、残念に思うものが多かった。

 そのような中で寧ろ好都合と感じた者達もいた。斎烈陣営である。

 現在、斎烈達は師武の領地がある斎国北西部を拠点としている。実効支配している地域はそれほど多くない。しかし、条元が慶師を去り、斎慶宮の面々と不和であるならば、付け入る隙がでてきた。

 「主上。これは好機です。斎文陣営の核は条元です。条元が領地に引っ込んだとなれば、一気に我らの勢力を拡大させることができます」

 「勿論のことだ。一気呵成に慶師を覆滅させてしまおう」

 斎烈も決して血の巡りが悪い男ではない。この好機を活かし、一気に攻めなければ自分達に未来がないことぐらいは理解していた。 

 斎烈の裁可を得た師武は搔き集めた三千名の兵力で出撃した。真っすぐ東進し、一気に慶師を落とそうとしていた。


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