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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
612/964

栄華の坂~90~

 斎国慶を打ち破った条元は斎文を擁して慶師に入った。そのまま斎慶宮へと入り、斎文は正式に斎公に即位することを宣言した。

 斎公となった斎文が最初に行ったのは父である斎幽の葬儀であった。斎幽を殺害した斎国慶はその遺体を斎慶宮の中庭に埋めるだけでろくに葬儀をしていなかった。斎文はその場所に墓標を立て、葬儀を行った。斎慶宮に残っていた閣僚官吏達は、斎文の心ある行いに涙し、良き君主の誕生を予感させた。

 『父が私を廃嫡しなかったから私は今ここにいられるのだ』

 斎文は深く父である先代国主に感謝し、冥福を祈った。

 儀式を終えた斎文がまず取り組んだのは論功行賞であった。斎文は慶師に残っていた閣僚や官吏をそのまま登用した。彼らは斎幽が国主であった時にその役職についていた者達であり、論功行賞は彼らと協議することになった。条元や律伸は藩主であるため国政にかかわる場に出ることができない。

 功一等が条元であることは異論がなかったが、問題となったのはどれほどの恩賞を与えるべきかということであった。

 「条元の功績は古今例のないものであり、いかなる文献にも載っておりません」

 閣僚の一人がそのように言った。斎文としても条元には最大の恩賞をもって報いてやらねばなるまいと考えていた。

 「領地の増加は勿論として、条元を丞相としたいと思うのだがどうだろうか?」

 斎文が切り出すと、閣僚達は難しい顔をした。 

 「主上。条元は藩主であります。藩主が斎国の国政に参加できないのは古からの習わしであります。丞相というのは無理でございましょう」

 「それは余にも分かっている。しかし、余は条元に世話になったし、様々なことを教えてもらった。これからも条元には教えを乞いたい」

 「それはなりません。条元は今でこそ藩主ですが、かつての主君を追い出してその座についた成り上がり者です。そのようなものを傍に置いて政治をなさっては主上の御名に傷がつきます」

 閣僚達がこぞって反対した。当然であろう。もし条元が丞相になれば彼らは間違いなく馘首されるでことぐらい容姿に想像ついた。

 「しかし、恩賞が少なければ条元が機嫌を損ねましょう。まだ斎烈と師武は健在なのです。条元にそっぽ向かれてはどうなるかお判りでしょう」

 閣僚達の言葉に水を差すようなことを言ったのは南殷であった。南殷は条元との結びつきが強いので擁護するのは当然であった。

 「ふむ……どうすべきか」

 結局、一回の協議では結論が出なかった。条元の処遇が決しない限り、他の功績ある諸侯への恩賞など決まるはずがなかった。この間、慶師を震わす事態が発生した。条元が軍を率いて美堂藩へと帰還してしまったのである。

 「条元はなかなか沙汰が出ないから起こって帰ったのではないか!」

 斎文と閣僚達は大いに困惑した。今の状況で条元に慶師から去られることは致命的であった。斎文を擁立した勢力の中核は条元であり、諸侯をまとめていたのも条元である。まだ斎烈と師武という敵が残っている以上、条元を怒らせるのは即ち慶師の危機でもあった。斎文は条元と親しい南殷を使者として後を追わせた。南殷は美堂藩に帰着するために追いつくことができた。

 「条元殿、これはどういうつもりか?」

 南殷としても斎文に条元を紹介した手前、二人の仲が険悪になるのは避けたかった。

 「どういうつもりとは?」

 「主上を見捨てて美堂藩に帰るつもりですか?主上は恩賞の沙汰が遅いから条元殿が帰ったのかと心配されています」

 以前はやや居丈高であった南殷がひどく丁重になっていた。それほどまで条元の存在は斎国で重くなっていた。

 「別にそのようなつもりはありません。我が領地の周辺にはまだまだ敵が多くおります。それらが蠢動する前に藩の防備を整えなければなりませんので」

 だから帰るのです、と条元は澱みなく言った。

 「それならば条春殿がおればよろしかろう。条元殿が慶師にいなければ、諸侯が不審に思い、折角の主上の政治が崩壊してしまいます。恩賞のことならば、必ずやこの南殷が引き受けますので」

 「南殷様。私は別に恩賞のために文様を擁し奉り、国主となっていただいたわけではありません。恩賞のことは結構とお伝えください」

 条元としてはどちらにしろ一度慶師に帰るつもりでいた。斎文の件が一段落ついたことで美堂藩にとっての目の上の瘤である双山藩を一気に片づけるつもりでいた。

 「しかし、条元殿」

 「主上にお伝えください。臣、条元は決して主上を見捨てたりは致しません。その点、お忘れなきように」

 では、と条元は軍を出発させた。南殷はそれ以上条元を引き留めることはできなかった。

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