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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~87~

 費閑と斎国仲の死は斎国に一定の衝撃を与えたが、情勢に変化をもたらすことはなかった。斎国の人々の関心は、慶師近郊で睨み合っている師武と斎国慶の決戦に集中していた。

 世間の耳目が再び慶師に集中している間、斎文が喪を払ったので、その隙をつくように条元は勢力を拡大していった。律伸の協力も大きく、斎国南東部のほぼ全域を条元の影響下に置くことに成功した。

 特に条元を喜ばせたのは、斎国南東部で律伸と並んで有力者である巨陶藩の陶進が誼を求めてきたことであった。巨陶藩は南海に面していることから船を使った貿易を他国と盛んに行い富める藩のひとつであった。

 また藩主である陶進も諸侯からの人望が厚かった。近隣の諸侯に困りごとがあれば解決のために動き、民衆に対しても慈悲深く善政を行っていた。斎家への忠誠心がある一方で、勝手に国主を僭称した斎国慶や斎烈を痛烈に批判していた。当初は斎文を擁した条元にもやや批判的な視線を送っていたが、斎文が斎幽の死に対して服喪を行ったことで態度を一変させた。

 「文公子に服喪をお勧めした条元殿の見識、感服しました。今の斎国に礼節なしと思っておりましたが、このような身近に礼節を重んじる御仁がいるとは思っておりませんでした。この陶進、喜んで条元殿にご協力致しましょう」

 陶進は豊かな太鼓腹を揺らして笑った。条元も豪放磊落な陶進のことを好んでおり、盟友となれたことを素直に喜んだ。陶進は後に条元が斎公に叛き、条国を立ち上げた時も付き従い、条国建国の功臣の一人となるのであった。


 決戦が迫っていた。斎列を国主として擁する師武の軍勢は五千名近くまで膨らんでいた。それに対して斎国慶が有する戦力は三百名もなかった。斎国慶は近衛兵こそ手懐けたが、他に戦力となる諸侯を懐柔する時間がなかったの原因であった。

 「近衛は余が鍛えてきたから精強だ。師武は五千名と称しているが、精強な軍を前に数は関係ない。勝つのは我らだ!」

 斎国慶は近衛兵達を集めて鼓舞した。たが、ほとんどの近衛兵達の士気はあがらず、斎国慶に近い一部兵士達だけが異様なまでに意気盛んであった。当然であろう。戦力差は圧倒的であり、しかも救援が望めない絶望的な戦いである。彼らからすると何故斎国慶とその周りにいる一部連中だけが必勝を確信しているのか不思議で仕方なかった。

 「ひょっとして国慶様には必勝の策があるのかもしれない」

 「いや、すでに有力諸侯を味方につけたらしい」

 「いやいや、斎文様を擁している条元とやらを誼を通じているということだ」

 近衛兵達の間であらぬ憶測だけが飛び交った。しかし、どの憶測も事実ではなく、斎国慶にあるのは根拠のない自信だけであった。

 戦術の定石を踏まえるのであれば籠城を選択しただろう。しかし、斎国慶はその点においては平凡の人ではなかった。

 「籠って戦うのは余の性に合わぬ。それは先の戦いで経験してこりごりだ。出撃し、戦場で大将軍を屠ってやろう」

 斎国慶は籠城という選択肢を捨てた。勿論、敵の意表を突くという戦術的な有効性を信じてのことではなかった。単純に籠城戦をするのが嫌であっただけであり、堂々たる野戦をしたかっただけのことであった。

 「行くぞ!ついてこれぬものは付いてこずともよい!」

 決意するや斎国慶の行動は早い。近衛兵達に籠城しないことを告げると、彼らの反応を待つことなく、騎馬に飛び乗って駆け出していた。

 「主上をお一人にするな!」

 いくら斎国慶が傍若無人であっても主上として戦場で死なすわけにはいかない。近衛兵達も斎国慶に続いた。


 敵は必ず籠城する。そう考えていた師武は慶師を包囲するために全軍を広く展開していた。まさか斎国慶が出撃してくるとは思っておらず、慶師郊外に斎国慶が軍勢を引き連れて姿を見せた時は流石に度肝を抜かれた。

 「何を考えているのだ?」

 軍事の玄人である師武は何か罠があるのではないかと思った。敵は圧倒的な寡兵なのだから籠城するのが戦場における定石である。その定石を捨てたとなれば、何か作戦があるのではないかというのが玄人の思考であった。だが、この場合は玄人の思考よりも素人の無鉄砲が勝った。

 「突撃だ!師武を倒すまで生きて帰れると思うな!」

 斎国慶は突撃を命じた。師武軍は慶師包囲のために広く軍勢を展開していたので本陣周辺は手薄になっていた。

 「偽の国主が進んで捕らわれにきたぞ!」

 師武はそう命じたが、必死の斎国慶軍の突撃の凄まじさは空前絶後であった。兵一人が鬼神であったと言っても過言ではないほどであり、瞬く間に前線を打ち破ると、一気に師武のいる本陣に迫った。

 『勢いに負けるか!』

 師武は戦場における武人としての勘を働かせた。分が悪くなったと判断し、全軍に退却を命じた。こうして師武軍は慶師近郊から撤退したものの、大きな損害を出すことはなかった。一方の斎国慶は表面的な勝利は得たが、追撃できるだけの戦力はなく、撤退する師武軍を見送るしかなかった。


 

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