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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
606/964

栄華の坂~84~

 慶師における一連の事件は堂上にも伝わり、すぐさま律伸が駆けつけてきた。二人は斎文に目通りし、善後策を協議することになった。すでに斎文には事の次第を知らされていた。

 「私は父に嫡子として認められ、これまで生きてきた。父はどういうつもりでそのようにしたか分からぬが、才無き我が身に対する優しさであったかもしれない。その分、父を弑いた国慶が憎い」

 斎文は涙を流すまいと必死であった。しかし、第一報をもたらした時は人目を憚らず声を上げて泣いたことを条元は知っていた。

 「国慶はすでに斎公となったという。師武に擁された兄上もいずれ斎公を自称するだろう。そうなれば斎国に二君が立つ異常な事態となる。それでは父に申し訳が立たぬ。そこで私は正統な嫡子として斎公に即位しようと思うのだが、どうだろうか?」

 斎文にしては随分と思い切った決断であった。条元に擁立され、彼の傍で政治を見、戦場に立ってきたことが斎文の精神を修練させたのだろう。それはそれで喜ばしいことではあったが、条元の思惑が別のところにあった。

 「それはよろしいかと思います。文様こそこの国の国主を継ぐべきお方でございます」

 律伸が即座に賛意を示した。やはりこの男には粗忽さがある、と条元は思った。

 「条元はどう思うか?」

 斎文が意見を求めてきた。

 「私は公子の即位は時期尚早であると考えております」

 「それは如何なる理由からか?」

 斎文は教えを乞うているようであった。条元の意見することには必ず理由があるということをこの公子は短い付き合いのなかで分かり始めているようであった。

 「主上が国慶公子に弑られたかどうかおくとして、主上が亡くなられたのは確かなようです。それに対して弔意を示し、喪に服そうとした者が斎家の中におりましょうや?」

 条元の言葉に斎文の顔つきが変わった。そのことに気づかなかった自分を恥じるように俯いた。

 「今ここで公子が斎公となられれば、国慶公子や烈公子となさっていることはそれほど変わりません。文様、死を悼み、弔意を示せぬ者に血の通った政治はできませぬ。自らの欲に走り、人としての情緒を失った君主に民衆がついてくるとお思いですか?」

 「思わぬ。確かに条元の言うとおりだ。私が間違っていた。誰も喪に服さぬようでは泉下の父がお嘆きになるだろう。条元よ、良き助言をしてくれた」

 礼を言う、と斎文は言った。条元は辞を低くする一方で隣の律伸の様子を見た。律伸はやや悔しそうに奥歯を噛み締めていた。

 「ご理解いただきありがとうございます。しかし、長く喪に服されている時間もございません」

 「分かっている。服喪の帰還は祭官と相談するとして一ヶ月か二ヶ月程度に留めよう。その間、条元と律伸は来るべき日のために準備をして欲しい」

 承知しました、と二人は声を揃えて叩頭した。


 斎文は斎幽の死に弔意を示し、自らは二ヶ月の服喪を行いことを宣言した。この話は白竜商会の商人達を通じて斎国全土に伝えられた。民衆は斎文の行いに感激し、心ある公子だと感心した。一方で他の公子達はせせら笑った。斎国慶などは、

 「やはり文は馬鹿な男だ。二ヶ月動かぬということは二ヶ月後れを取るということだ。その間に俺が国主としての地位を固めるだろう」

 と公言して笑った。

 弔意とは人が持つべき最低限の礼節である。理由があって弔意を示すことができなくても、他者が示す弔意を否定しあざ笑う行為は人倫に悖るといってもよいだろう。この時点で斎国慶は民衆の支持を失った。

 

 「条元とは随分としたたかな男のようですな」

 三定藩への帰路、律伸から条元の進言について聞かされた腹心の東柱伴は端的な感想を漏らした。

 「そうだ。それだけに条元は手強い。簡単に御し得る相手ではない」

 「では、今はまだ……」

 「条元の手腕に乗っかる。あれは間違いなく斎文公を国主へと導くだろう」

 「そして最終的には殿がその功績を乗っ取る……ということですか?」

 「ふふ。成り上がり者なんかが国家の功臣となっていい道理があるまい。由緒正しき名家によって国家とは運営されるべきなのだ」

 律家は斎国建国以来続く名家である。古くは閣僚を務めた経験はあったものの、三定領が藩となったことへの見返りとして国政に参政する道が閉ざされた。律伸はそれが不満であった。

 「藩主が国政に参加してはならぬなどというは不文律に過ぎないからな。私がその第一人者となるまでだ」

 その野心のために条元を利用する。律伸はそう決め以上、我が道を進むしかなかった。

 

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