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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
603/962

栄華の坂~81~

 師武軍の接近は明確となっていた。その接近を音で聞くことができるほどになっており、費閑は平静を装いながらも動揺していた。

 「将兵を中央部に集中させろ!」

 「右翼左翼は敵の後方に進出させて動揺を誘え」

 「わしの部隊を中心となって逆撃する。援護してくれ」

 本陣は喧騒の最中にあったが、諸将は冷静に指示を出していた。流石は歴戦の武人達である。具体的な指示を彼らに任せてしまおうと思うと費閑の腹は座ってきた。ここは全軍の将帥らしく、どっしりと腰を据えることにした。

 「公子、ここは諸将にお任せになり……」

 斎国慶にもそうあってもらおうと思って声をかけようとしたが、本陣に斎国慶の姿はなかった。

 「公子!」

 まさか出撃したのか、と思っていると、斎国慶の近侍がそっと耳打ちしてきた。

 「公子はすでに慶師に向かっております」

 慶師に向かうとは要するに逃げたということである。

 「馬鹿者め!」

 費閑としては斎国慶という人間の本性を見た気がした。斎国慶という公子の器量も才覚も見掛け倒しだったのだ。こういう窮地にこそ人の真価というものが問われるのであり、そういう意味では斎国慶は人の上に立つ人間としては失格であった。

 諸将が費閑の罵声によって斎国慶が陣中にいないことを察し始めた。隠しきれまいと判断した費閑は真実を告げることにした。

 「公子には慶師へと退いていただくことにした。身の安全のことを考えてのことであるし、この場にいても役に立つまい」

 費閑が苦笑交じりに言うと、諸将も納得したように自分達の仕事に戻った。どうやらこの場では斎国慶の人気は地の落ちたようだった。


 費閑軍は夜間ながら組織的な迎撃を展開した。しかし、勢いに乗る師武軍は各戦線で費閑軍を敗走させていった。

 「丞相、我らも撤退しましょう。このままでは囚われの身となります」

 ぎりぎりまで戦場に踏みとどまっていた費閑であったが、流石に限界を感じた。諸将に提案されるまでもなく撤退せねばと思った。

 「やむを得んな。ひとまず我が領地に引き下がり、捲土重来を待とう。各々方も自己の領地に戻って英気を養ってほしい」

 費閑としてもこれで終わりであるとは思っていなかった。それは費閑と行動を共にした諸侯も同じであった。一度、費閑側についた以上、今更ながら師武の傘下に入ることなどできなかった。

 「では、丞相。その日はいずれ遠くない日でありますように」

 諸侯達は自分達の軍を率いて戦線から離脱していった。費閑も自らの私兵に守られながら自領へと撤退した。雷鵬領を巡り争いから始まった丞相と大将軍の戦は、ひとまず師武の勝ちという形で決着した。しかし、斎国の動乱はこれより加速していくことになる。


 動乱を加速させたのは斎国慶であった。わずかな従者を連れて費閑軍の本陣から脱出した斎国慶は一目散に慶師を目指した。

 「くそっ!丞相め!戦を知らぬ奴と組んだ俺が浅はかだった!」

 自分のことを棚に上げ、費閑への恨みを撒き散らしながら馬を走らせた。斎国慶としては慶師に帰ったところで具体的な計画があるわけではなかった。ただ慶師にさえ帰り着けば、自らの身の安全は保障される。それだけのために慶師への帰還を急いだ。

 三日三晩、ほぼ休むことなく逃走した斎国慶は無事に慶師へと辿り着けた。自慢の名馬はすでに走れる状態ではなく、慶師の城外に置き捨て徒歩で斎慶宮に向かうことになった。

 「俺がこんな無様な格好で帰還するとは……」

 斎国慶の計画では戦場で連戦連勝し、華々しい馬上将軍として斎慶宮に帰還し、斎幽から褒詞を授かるつもりでいた。だが、現実には華々しい勝利どころか戦場での活躍もろくになく、ただ敗走者として情けなく帰還しただけであった。

 『これもすべて費閑の野郎のせいだ!』

 こうなれば父である斎幽に進言し、費閑を罷免させよう。そして丞相の後釜として自分を任命してもらおう。いや、それよりも大将軍を罷免する方がいい。その方がより強大な戦力を編成できる。などと都合のいいことを考えながら斎国慶は斎幽への面会を申し出た。

 「主上はお休み中です。時間をお改めください」

 近侍はそう言った。すでに夜ではあるが、まだ就寝するような時間ではない。斎国慶は怒りを抑えながら言った。

 「火急の用だ。取次ぎ願いたい」

 「では、せめて衣服をお改めください。そのお姿では主上への礼を逸するというものでしょう」

 斎国慶は泥だらけの鎧姿であった。改めて自分のなりを見て流石にそのとおりだと思った斎国慶は着替えのために自室に戻ることにした。

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