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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
602/962

栄華の坂~80~

 師武軍の大攻勢は未明に始まった。攻撃を受けた費閑軍前線の諸将は、挨拶程度の散発的な攻撃であると思っていた。

 「大将軍はたまに攻撃でもしないと武人としての面子が立たぬと思っているのだろう。いずれ適当なところで攻撃は止む。あしらっておけ」

 前線の諸将は誰しもがそう思っていた。彼らかしても戦っていないと費閑や斎国慶への印象も悪くなる。敵の攻撃をはねのけたという実績作りにはちょうどよかった。

 しかし、師武軍の攻勢は次第に強くなっていった。撃退するどころか押し込まれるようになり、前線が崩壊しつつあった。

 「これは挨拶などではない。敵の攻勢は本物だ。急ぎ本陣の丞相にお知らせしろ!」

 各戦線から同様の情報が本陣び向けて発せられたが、それらの報告が費閑の手元に届くまでの間に費閑軍の前線は崩壊していた。


 前線からの第一報が費閑のいる本陣に届いたのは日没前のことであった。費閑も敵からの攻勢ありと報告された時は、威力偵察程度であろうと思っていた。しかし、矢継ぎ早にもたらされる情報の多さと内容から尋常ではないことが起きていると思わざるを得なくなった。

 『これはただ事ではない!』

 費閑は武人ではない。戦場に立つのも非常に稀であった。だが、危機を察知する能力という意味ではこの場にいる武人の誰よりも優れていたかもしれない。費閑は斎国慶をはじめとした諸将を集めつつも、退却した方がいいのではないかと思い始めていた。

 「丞相!敵が攻めてきたのならこちらも攻め返せばいいではないか!出撃を!」

 集められた諸将を差し置いて斎国慶がまっさきに発言した。費閑は一瞬苦い顔をしたが、他の諸将も賛意を示したのですぐに顔色を元に戻した。

 「左様ですな。こちらも大攻勢を企図していたのだ。明朝、一気に反撃を試みましょう」

 すでに夜となろうとしている。今頃は前線の戦闘も終わっているだろう。費閑の判断は常識的であった。

 「甘いぞ、丞相!すでに前線は崩壊したのも同然だ。夜となって敵の動きがどうなっているか分からんが、ここは早急に前線の手当てをした方がいい」

 またも斎国慶が諸将より先んじで声を出した。諸将は互いに顔を見合わせて小さく失笑していた。彼らの中には斎国慶の器量を買いつつも、その猪突さを笑い者も少なくなかった。

 「公子、夜となれば撤退してくる前線の兵士と同士討ちになる可能性もあります。ここは丞相の意見を尊重しましょう」

 見かねた将の一人が意見した。費閑としても同意できる内容であった。

 「甘いぞ!貴様ら!貴様らは戦を知らなすぎる!」

 若く自信家の斎国慶からすると敵にやりこめられているのが腹立たしいのだろう。並み居る諸将に対しての明らかな暴言であった。しかし、諸将は若い斎国慶の暴言を鼻で笑う度量を持ち合わせていた。彼らからすると斎国慶は世間を知らぬお坊ちゃまに過ぎないのだろう。

 「もういい!貴様らに頼らん!俺だけでも出撃する」

 流石にそれはまずい。費閑が思い留まらせようと口を開きかけた時であった。息を切らした兵士がひとり天幕に飛び込んできた。

 「何事ぞ!」

 「て、敵が迫っております!」

 詳細さが欠ける報告であったが、費閑達を色めき立たせるには充分であった。

 「馬鹿な、夜だぞ!大将軍は戦を知らぬのか!」

 斎国慶は先程と違う言葉を喚き散らした。自信家のこの公子は完全に混乱していた。


 前線において勝利を得た師武軍は追撃を止めなかった。日没が迫っていても攻勢を断念することはなかった。

 「敵は油断していたのか思いのほか脆い。大将軍、一気に攻めましょう」

 関按の提言に師武も賛成であった。夜の戦闘は同士討ちの危険性があったが、それを差し引いたとしても敵に損害を与える絶好の好機であった。

 「尤もなことだ。ここで一気に敵を覆滅してしまおう。但し、国慶公子と丞相は生きて捕らえよ」

 斎国慶は生かして利用する価値がある。費閑についてはこの手で首を刎ねてやりたかった。師武はその二人の生存を厳命し、追撃の命令を下した。

 師武軍は全線に渡って費閑軍を追撃した。師武は特に中央部に戦力を集中させた。その先に本陣があると見ており、雷鵬領を突っ切って慶師へと向かう最短距離でもあった。

 「これで勝つ」

 師武は勝利を確信していた。

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