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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
601/962

栄華の坂~79~

 律伸と会ったその夜、条隆を呼んだ。

 「律伸をどう見た?」

 条元は条隆の杯に酒を注いでやりながら尋ねた。

 「腹黒」

 美味そうに酒を飲んだ条隆は短く言った。他にあるだろう、と条元が促すと条隆は杯を置いた。

 「どうやら私の顔を覚えてはいないようでした。商用で何度か顔を見ているはずなんですがね。野心的でその野心を実現させるだけの才幹が自分にあるとは思っておるようですが、抜けている部分もあるようです」

 条隆の律伸評は実に的確であった。条元としても律伸に粗忽さを感じていた。

 「だが、油断はならぬ」

 「勿論です。で、今後の方針としはどうなりましたか?」

 「文公子はこれまで通りに堂上にいていただく。今しばらくは大将軍と丞相の対立を見守り、近隣での勢力を拡大するということになった」

 「ははぁ。確かに大将軍と丞相の戦いに進展がないとこちらも事態を見極められませんからな」

 「そのためには慶師にいる尊貴な方に動いてもらわねばならない。その仕事を律伸にお願いした」

 律伸ならば慶師に顔が利く。国主斎幽の周辺に侍る延臣にも故意がいるだろう。彼らに働きかけ、斎文の嫡子としての立場を確固たるものにしてもらう意味もあった。

 「律伸を慶師に……。では、黄絨に慶師での律伸を監視させましょう」

 流石に条隆は条元の意図をよく汲み取っていた。律伸が慶師の誰とつながりがあるかを探らせることが目的であった。

 「頼むぞ。律伸は今しばらくは裏切ることはしないだろう。それよりも大将軍と丞相の争いだ。俺が力をつけたことで変化が発生するはずだ。そこに律伸を通じて何かしらの働きかけがあれば状況が大きく変わる。今はそれに注視しよう」

 「それについても黄絨に言い含めておきます」

 条元は小さく頷いた。条元の予測は見事に当たるのだが、その内容は条元の予測もできないものであった。


 斎文を擁する条元の台頭に最も焦りを感じていたのは大将軍の師武であった。斎国の大将軍として地位の重みも保有する戦力も条元などと比べようがないほど大きかった。しかし、斎幽が嫡子として認めている斎文を条元は擁している。それに対して師武が擁している斎烈と斎国仲。彼らは嫡子ではないうえに斎国慶のような器量ある才人ではない。単なる公子を二人養っているに過ぎず、師武がいまだに一大勢力して成り立っているのは師武本人の名声によるところが大きかった。

 『こんなことなら文様を擁すればよかった……』

 師武は後悔していた。公子の二人がすり寄ってきて気を良くしていた過去の自分をしかりたい気分になった。

 『さて、どうしたものか……』

 師武としては今更斎文を擁することはできない。必然的に条元という成り上がり者の風下につかねばならず、大将軍の矜持としてが許さなかった。勿論、斎国慶に誼を通じることももはやできなかった。

 「こうなればお二人を擁して正々堂々と戦うまでだ」

 師武は腹を括った。こうなれば余計な邪念を捨て、戦いに専念すべきだと思いなおした。実はここ数ヶ月、師武は戦況を打開すべく大攻勢を企図していた。この作戦が成功すれば、費閑軍を押し込め、一気に慶師に到達することも可能であった。

 「やりましょう、大将軍。いつまでも費閑如きにいい顔をさせておけません」

 師武に決断を促したのは関按。いち早く師武に同調してくれた諸侯で、将軍の地位を有していた。関按が言うと、他の諸侯達も賛意を示した。いずれも根っからの武人で、費閑のことを快く思っていない者達ばかりであった。

 「よし、やろう。我ら武人の底力を見せてやるのだ」

 今の師武にとって二人の公子よりも味方してくれる諸侯の存在が何よりもありがたかった。


 雷鵬領の跡目争いから始まった費閑と師武の衝突が始まって一年が過ぎようとしていた。当初こそ大きな戦闘が繰り広げられていたが、ここ半年はほぼ睨み合う状態が続いていた。

 『師武は精根尽き始めている』

 費閑はそう見ていた。慶師を背後にして雷鵬領という砦に籠って戦う自分の方が戦力の消耗が少なく、精神的にも優位であると思っていた。しかし、戦況が膠着していたのは師武が大攻勢を企図して染料の消耗を抑制していただけであり、このことを見抜ける人物が費閑の陣営にもいなかった。それは斎国慶も同様であった。

 「大将軍は疲れているのではないか。ここ最近ではろくに攻撃をしてこない。逆に我らが一気呵成に攻めて大将軍を打ち破ってやろう」

 斎国慶は費閑に再三そのように言っては出撃を乞うていた。費閑は斎国慶の出撃には相変わらず否定的であったが、次第にその気になっていた。

 「左様でございますな。確かに待ってばかりいては負けなくても勝ちもありません。将軍達と相談し、攻勢の作戦を立案させましょう」

 「よしなにな」

 費閑がようやく攻めることを決断した。しかし、時すでに遅く、師武軍の軍勢が総攻撃のために進軍を開始していた。

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