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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~78~

 新合領を影響下においたことで、条元の美堂藩は一角の勢力となった。領土としては見北領を併呑したことで一気に広がり、近甲藩と新合領とは同盟関係となった。次に条元が狙うのは双山藩であったが、すぐには動かなかった。

 かねてより条元は見北領と新合領を手にすれば、美堂藩の周辺で楯突く勢力はいなくなると考えていた。事実その通りになり、条元に誼を通じる者達が続々と堂上を尋ねてきたのだった。勿論それらは建前上は斎文に忠誠を誓うためであった。条元はそれらの対応に追われることになった。条元のもとには斎文に目通りを願い出た者達の書状が集められていた。その中にひときわ目を引く名前があった。

 「公子に目通りを願い出た者の中に三定藩の律伸がいるな」

 三定藩は見北領や新合領よりもさらに南にある雄藩である。条元の故郷である栄倉は、この三定藩の中にあった。

 「殿が栄倉にいたと知ったら驚くでしょうね」

 そう笑ったのは条隆であった。条元は新合領を傘下に加えたのを気に条隆を家宰に任じた。白竜商会については黄絨に任せることになったが、しばらくは条隆がそちらの面倒も見ることになっていた。

 「広大な藩だ。栄倉なんて邑があることも知らんだろう。それよりも律伸とはどういう人物なのだ?」

 条元の方も律伸という藩主のことをあまり知らなかった。

 「年の頃ならば殿と同じころでしょう。三定藩は農作物の豊かな藩で、余剰作物の売買で経済的にも潤っております。慶師のお歴々に多大な献金をしておりますので斎慶宮に顔は利きますが、あまり中央の政界にはそれほど興味ないらしく、丞相と大将軍の諍いが始まっても傍観しておりました。ただ慶師への影響力は以前有していると見ていいでしょう」

 「その律伸がどうして文公子を推戴する気になったんだ?」

 「中央には興味がないと申し上げましたが、私はそう見ておりません。律伸は状況がどうなるか分からぬので静観していたというのが正しいところでしょう。そこに殿の勢力が急拡大し、座視することができずに乗っかろうとしたのでしょう。律伸にはそういうしたたかなところがあるようです」

 注意すべきでしょう、と条隆は言った。

 「雄藩の主となれば、斎国での影響力という意味では私よりも律伸の方が上であろう。いずれ俺を出し抜いて自らが文公子の庇護者を気取るだろうな」

 「どうしますか?追い返すわけにもいかないでしょう」

 「当然だ。今ここで律伸にへそを曲げられても困るし、奴の有する経済力と戦力は魅力だ」

 「では、お連れしましょう。しかし、奴は間違いなく条家にとっては獅子身中の虫となるでしょう」

 「それは後のことだ。とにかく会おう」

 条元としては別に斎文が律伸に取り込まれるようなことがあっても構わないと思っていた。そうなった時はそうなった時だと腹を括っていた。


 条元は律伸と面会することにした。斎文に目通りさせる前に会って人柄を確認しておこうと思った。場所は堂上の条元の屋敷の中庭。双方とも対等な立場でという意味でこの場所が選ばれた。先に東屋に入り律伸を待っていると、律伸がやってきた。どこにでもいる壮年の男という感じであった。

 「これは律殿。初めてお目にかかる」

 条元は立ち上がり拝手すると、律伸も恭しい態度で自らも拝手した。

 「こちらこそお初にお目にかかります、条殿」

 律伸は尊大なところもなく、寧ろ低姿勢であった。にこやかな笑顔で、条元が着座するまで立ったままであった。

 『侮れない男だな』

 高い地位にある者が低姿勢であることを演じられるのは、自尊心を捨ててまで成すべきことがあるからに相違ない。律伸の態度は大きな野心を隠す仮面であった。

 「お座りあれ、律殿。藩主同士が立ち話というわけにも参りますまい」

 「はは、それもそうですな」

 律伸が座ると、条隆が二人分の茶を持ってきた。律伸は怪訝そうに条隆を見ていた。

 「さて、律殿が公子のもとに馳せ参じられたことはまことに心強い。共に混迷する我が国のために文公子をお守りし、いずれ慶師にお届けしたいと思っております」

 「勿論です、条殿。お恥ずかしい話、条殿が先鞭をつけていただかなければ公子にもとへ駆けつけることができませんでした。お礼を申し上げます」

 心にもないことを言う、と条元は笑いたくなった。しかし、そのようなことなどおくびにも出さず、こちらも高飛車にはなるまいと気を付けることにした。

 「今後はどうすればよろしいと思いますか?律殿。私は斎慶宮のことなどまるで分からぬ身。ぜひとも律殿にご教授いただきたいのです」

 「それはそれは……大任ですな」

 律伸は謙遜しながらも、満更でもないとばかりに相好を崩していた。

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