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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
598/963

栄華の坂~76~

 季陽に戻った条元は条春から思いもよらぬ報告を受けた。

 「合井に新淳がいないだと?」

 合井は新合領の領都である。条元は密偵を潜入させて様子を探らせていた。

 「そのようです。理由は分かりませんが、殿が堂上に救援に行かれたのと同じ時期にいなくなったようです」

 「そうか……。丞相に救援を求めるために自ら出向いたな」

 条元には新淳の行動が手に取るように分かった。この状況で新淳が起死回生の勝利を得るにはそれしかなかった。

 「丞相の救援となれば、我らも腰を据えねばなりますまい」

 「こちらが文公子を擁している以上、丞相も無視はしないだろうが、まともな救援は寄こさぬだろう」

 「それはどうして……」

 「丞相の主戦場は師武のいる雷鵬領だ。大部分な手勢を引き抜いてまでは助けぬだろう。だが、まったく助けないであれば世間での聞こえが悪い。小勢を送る程度だろう」

 「そうであれば、我らでも十分に勝てましょう」

 「いや、わざわざ敵の救援を待ってやる必要はない。領主自ら不在であれば、軍の動きも鈍り、士気もあがらぬだろう。一気に攻める」

 条元は思いたつとすぐに軍を発した。条元の予測通り、領境の敵守備兵は士気が振るわず、わずかばかりに抵抗して条元軍に降伏した。条元はその戦力を摂取して新合領に侵攻した。

 合井の新墨は条元軍の侵攻してきたと知っても驚くことはなかった。いずれ新淳が合井にいないことはばれるであろうし、条元がそれを知れば攻め込んでくるのは自明であった。

 合井では新淳が救援を連れて帰って来るまで決死の籠城戦をしようという一派と、大人しく条元に降伏しようという一派に分かれた。領内を二分する論戦となったが、領主である新淳はいない。今、決断を下せるのは家宰の新墨しかなかった。

 「家宰殿、ご決断ください。このまま家臣の意見が二分していては籠城するにしても降伏するにしても上手くいきません」

 籠城派と降伏派、両派の家臣達が新墨に詰め寄った。彼らからしても、自説を押し通すだけの気概はなく、自分ではない誰かに方針を決めて欲しいだけであった。新墨としても決断を下さざるを得ない状況にあることを自覚していた。

 「私は殿に条元の降伏すべきだと進言したのだ。それこそが新家が生き延びる唯一の選択であると思っていたが、受け入れられることはなかった。今となってはもっと強く進言しなかったことを後悔している」

 いや、いくら強く進言しても、あの若き領主は降伏などしないだろう。家臣全員が条元の降伏を進めても聞く耳もたず、新墨を血祭りにあげても自我を押し通したであろう。

 「私も新家の人間だ。新家の当主として条元に降る」

 新墨は降伏を決断した。その際、新淳から領主の座を奪い、自らが新合領の領主となって条元に降伏するという形を取った。そうすることで新家は新合領の領主として条元に降ることができるし、領主でなくなった新淳が条元に追われることはなくなる。新墨が新淳にできる最後の奉公であった。


 合井から降伏の使者が条元軍に到着した。新墨からの書状を見た条元は一読して即決した。

 「降伏を受け入れる。新墨殿が新しい領主となったことも認めよう」

 堂々と合井に入城した条元は額ずく新墨と面会した。

 「条元殿、我が命を惜しむつもりはない。しかし、部下達の生命だけは助けてやって欲しい」

 「新墨殿。我が領を攻めてきた項家と違って貴家に恨みがあるわけではない。貴方を含め命を奪うような真似はしない。新合領が斎文様に忠誠を尽くすというのであれば、文様も新家の存続と本領を安堵するであろう」

 条元は斎文を擁している意義を活用した。条元はあくまでも擁立している斎文の命令で他の公子を擁している勢力を討伐しているに過ぎなかった。それに今後のことを考えても、征服して支配するだけではなく、勢力下に置くという方式も採用していかなければならなかった。

 「それはまことか?」

 「斎文様に申し上げる。公子はお優しい方であるから、お味方するといえばすぐにお認めになるだろう」

 当然ながらそれは新淳が当主としてではなく、新墨が当主でなくてはならない。新淳は斎国慶を信奉しているので、その意味でも新淳を当主に返り咲かすことはできなかった。

 「条元殿、ぜひとも斎文様への目通りをお願いしたい」

 「勿論です」

 こうして新家の血統は新墨の血筋に受け継がれた。これより後、新家は条家に仕えることになり、転付を繰り返しながらも条国滅亡の張本人である新莽まで続いていくのであった。

 

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