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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~75~

 費閑と師武は相変わらず雷鵬藩の周囲で散発的な戦闘を繰り返していた。以前ほど大規模なものではないが、戦が終わる気配は微塵も感じられなかった。

 そんな中、費閑は激務を強いられていた。慶師で丞相としての責務を果たす一方で、戦場に出て将兵を督励しつつ、血気に逸る斎国慶にも目を配らなければならなかった。斎国慶は一度費閑に叱責されて以後、比較的従順ではあったが、費閑が陣中からいなくなると、度々費閑の断りになしに軍事作戦を行ったりしていた。

 「勝っているからいいではないか。丞相は心配性だな」

 その度に費閑が窘めると、斎国慶は笑って取り合わなかった。確かに斎国慶は戦場に出れば部類の強さを発揮する。将兵の中には戦場に立つために生まれてきたのではないかと囁く者がいるほどであった。

 『だが、それこそが怖い』

 常勝は慢心に繋がる。勝ち続けても最後の一戦で負けてすべてを失っては意味がないのだ。だから費閑は足しげく前線に通っていた。

 二週間ぶりに費閑が陣中を訪れると大量の報告やら決済を求める書類が待っていた。戦場に立てば行動的になる斎国慶も事務的な仕事はまるで手を付けなかった。その中に新合領の新淳なるものが面会を求めているというものがあった。

 「はて、新淳とは何者であったか?」

 「以前、閣下に救援を求めてきた者です。確か、隣の領と揉めていたはずです」

 記憶の良い副官が助け舟を出してくれた。確かにそんなことがあったような気がするが、似たような要請がごまんとあるのでまるで覚えていなかった。

 「いずれ救援を出すと言って追い返せ。そんな遠く離れた領の諍いに構っている暇はない」

 「ところが、公子が先に会い、救援しても良いと言っているのです」

 「何!」

 肝心なところでいらぬことをする。斎国慶が会ったとなれば、費閑が会わぬわけにはいかなかった。

 費閑が天幕を潜ると、上座に座る斎国慶の斜め前に若者が座っていた。これが新淳であろうか。

 「おお、丞相。新合領が大変なことになっている。救援してやろうかと思うのだがどうだ?」

 新淳は立ち上がり費閑に拝跪した。費閑も礼儀として軽く叩頭をした。

 「大方聞いております」

 「俺は行こうと思う。条元とやらが文を擁しているとなると無視はできまい」

 どうかと問いながら、本人は行く気満々であるらしい。

 『確かに文公子を擁しているのは厄介だが……』

 条元がどのような経緯で斎文を擁することになったか分からぬが、師武の他に敵対勢力が生まれたのは確かである。しかし、師武に比べれば条元などは明らかに弱小勢力。しかも慶師から随分と離れた場所でのことである。斎国慶自らが出張る必要など感じられなかった。

 「丞相閣下。ぜひともお願いいたします。我が領はかねてより国慶公子に心寄せており、個人的にも英明な公子をお慕いしております。公子が斎国の国主とならんためにも我が領に協力し、文公子を排し、条元という梟雄を討ち果たして欲しいのです」

 新淳の言葉には熱があった。彼からすると自領の存亡がかかっているから当然であろう。斎国慶は悪くないとばかりに華を膨らませていた。

 『あの程度のおべっかで満足するとは……』

 斎国慶とは案外小物かもしれない。だからといって今更他の公子に鞍替えすることはできない。費閑としては斎国慶に軽々しく動いてもらっては困るのであった。

 「公子。新合領の災難は気の毒であり、公子がお救いしたいというお気持ちは上に立つ者として素晴らしい心がけかと思います。しかし、公子は要であり重石でなければなりません。軽々しく動かれるよりも、全体の戦局を総攬してどっしりと構えておられなければなりません」

 「全体の戦局か。なるほどな」

 そのとおりかもしれなぬ、と斎国慶は頷いた。

 「公子!新合領をお見捨てになるのですか!」

 新淳が悲鳴を上げると、斎国慶は困ったように費閑を見た。

 「丞相。どうにかならんか?」

 「言葉足らずで失礼しました。臣はなにも新合領を見捨てろとは申しておりません。適切な将軍選び、軍勢をつけて救援として差し向ければよいのです」

 費閑としては一人の兵士でも抜けるのは辛かったがやむを得なかった。ここで新合領を助けないとなると、世間的に悪声が湧き上がることもある。ここで新淳に恩を着せてやれば、何かの時に少しは役に立つだろう。

 「そうだな。それがよかろう」

 斎国慶の決断に新淳は不服そうであったが、こちらもやむを得ないと思ったのだろう。小さな声で謝辞を述べた。

 「では、丞相。将の選任と編成は任せるぞ」

 斎国慶はそれだけ言うと、新淳に対して遠乗りに付き合えと誘って出ていった。新淳が視線を寄こしてきたので費閑は黙って頷いた。

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