栄華の坂~74~
見北領から帰還した条元は、堂上がなんとか無事であると知って安堵した。そして簡単ながら宴席を設け、堂上を守り抜いた者達を労い、談符憲に感謝の言葉を伝えた。
「耀子、よくぞ守り抜いてくれた。流石は我が妻よ」
「ししし、腹に子がおらねば前線で指揮をしたかったほどじゃ」
「義父上もありがとうございました。それに藤殿もよく支えてくださった」
条耀子に続いて謝玄逸と藤可にも酒を注いで回った。
「これは勿体ないお言葉。我ら、殿の臣として働いたまでです」
「左様でございます。不逞の輩が退いたのも殿の徳というものです」
謝玄逸と藤可は揃って臣下としての言葉を述べた。
「それに談殿にはここ一番で助けていただいた。礼の言葉しかない。いずれ佐干甫殿には謝礼の使者を遣わすだろう」
条元は談符憲に対しては丁寧に頭を下げた。
「よしてくれ、条元殿。我が殿もこれしきのことで我が藩が受けた恩を返せたとは思っていない。これからも佐家は条家と共にあると思って欲しい」
談符憲の言葉は条元からすれば心強いことであった。条元は将兵達にも一杯一杯酒を注いで回り、彼らの奮戦を労った。
翌朝、条元はすぐに南方へと出発した。見北領の守りは条春に任せておけば安心ではあったが、早々に新合領を盗らねばならぬと思い始めていた。
「そうしなければ双堅のようなことを考える輩が生まれてくる。そのためにも早々に見北領を傘下に組み込まなければならない。その仕事を隆にも手伝って欲しい」
季陽に戻るに際して条元は条隆を連れていた。条隆については今しばらく白竜商会を任せるつもりでいるが、支配地となった見北領のおける行政上の諮問を行うためであった。
「承知でございますが、新合領はどれほどで落とせそうでしょうか?」
「半年で片を付けたい。見北領も新合領もそれほど大きくない。軍事的に征服するのは簡単だろうが、民衆の反感を買ってはならぬ」
「そこで私の出番と言うことですな。兄上が征服した見北領が豊かになれば靡く者も出てきましょう」
流石は条隆である。条元の意図を正確に理解していた。
「美堂藩に見北領、新合領。そして近甲藩が味方であれば、一大勢力となる。近隣の諸侯は簡単に我らに楯突くことはなくなるだろう」
「そうなれば双山藩を攻略するのも容易くなる。兄上も慶師で一目置かれる存在となるでしょう」
条隆は嬉しそうに言ったが、条元からすればそこからが修羅の道であろうと思っていた。斎文を擁している以上、大将軍の師武や丞相の費閑とも対決しなければならなくなる。条元としても容易い相手ではなかった。
『近甲藩は強力な味方だが、その他にも味方してくれる存在を見つけねばなるまい』
それはもう少し先のこととした。今は新合領を征服することが先決であった。
新合領の新淳は恐怖におびえていた。項董と和議をし、さてこれからどうしたものかと考えているうちに条元が項董を滅ぼしてしまったのである。しかも条元軍は季陽から動いていない。次の獲物をこちらに向けているのは明らかであった。
「こうなれば条元と盟約を結んで同盟者となりましょう。条元の風下に立つことになりましょうが、滅ぼされる憂き目に遭うよりもましでありましょう」
そのように進言してきたのは家宰の新墨であった。屈辱的ではあったが、極めて現実的であり、条元としても新合が降伏してきたらそれを迎えるしかなかった。しかし、若き新淳は声を荒げて反対した。
「馬鹿なことを申すな!我が新家がどうして成り上がり者の風下に立たねばならんのだ。それに我らはすでに丞相の教書を頂き、斎国慶様に忠誠を誓っている。今更ながら斎文を擁する条元の下につけるか!」
新淳の言うことも理にかなっていた。もしここで新家が下るのも信義に欠けるというものであった。新墨としてもそれ以上強硬に自説を押し通すことはできなかった。
「では、条元と対決するとして丞相閣下に救援を求めねばなりません。条元が斎文公子を擁している以上、丞相も動かざるを得ないでしょう」
「分かっておるわ」
新淳はすでに項董と戦う前に費閑に救援を求める使者を出している。しかし、その返事は芳しくなかった。
『いずれ出すだろうというのは出さぬということだ』
今回はどうであろうか。新墨のいうとおり、斎文を擁している条元が相手ならば救援軍を差し向けてくれるだろうか。
「いや、使者では駄目だ。俺自身が行く」
そうと決めたら引き下がらないのが新淳であった。領の守りを新墨に任せた新淳は慶師に向かって北上した。




