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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
595/959

栄華の坂~73~

 双堅は焦れていた。堂上を落とせぬのもそうであるが、輜重部隊がなかなか到着しないのである。

 「襲われたということはないのか?」

 「そのような報告は受けておりません。それに条元の戦力は出払っております。輜重部隊を襲う戦力など残されていないはずです」

 「そうだな……」

 副官の答えに双堅は頷いた。見北領を攻め、新合領をも攻めようとしている条元軍に余剰戦力などあるはずがない。それは事実なのであるが、双堅は条元と近甲藩の関わりを完全に失念していた。条元が近甲藩の藩主交代劇を主導したことは周知の事実となっていた。そのことを考えれば、今の美堂藩と近甲藩が蜜月の関係にあることは容易に想像できた。その上で練らねばならない戦略を双堅は完全に放棄していた。

 「念のために斥候を出して位置を確認しよう。そろそろ食糧も乏しくなってきている」

 双堅はふと周りを見渡した。まめまめしく働いている将兵達であるが、その顔色は暗い。三日前から食事を一日三食から二食に減らしているのが原因であろう。そのうえ敵の城塞がびくともしていないとなると、誰しもが敗色の色を感じずにはいられなかった。

 『この状況を打破するにも兵糧は必要だ。輜重部隊が到着すれば、将兵の士気もあがる』

 双堅は単純にそう考えていた。しかし、この頃にはすでに期待の輜重部隊は談符憲によって壊滅させられ、奇襲の材料となっていた。


 二日後、輜重部隊の姿が見えたという報告が双堅軍の中を駆け巡った。当然ながら軍中の将兵は歓喜に湧き立った。

 「どうやら斥候と入れ違いになったのかもしれませんな」

 副官も嬉々としていた。双堅としても、派遣した斥候が帰って来ないのは多少気がかりであったが、今は兵糧を確保できたことを素直に喜ぶことにした。

 「よし、全軍に伝えろ。明日は腹いっぱいに食えるぞ」

 双堅は士気をあげるためにも輜重部隊の到着を全軍に知らせた。当然それはぬか喜びとなるのであった。

 双堅軍輜重部隊に偽装した談符憲は、双堅軍の本隊が見える位置まで近づくことができた。

 「敵はまだ気が付いていないな。腑抜けているのか、腹でも減って注意力が落ちているのか……」

 どちらにしろ談符憲にとっては好都合だった。

 「敵を待ってやる必要はない。すぐに攻撃を敢行する。奴らの喜びを恐怖へと変えてやるぞ」

 談符憲が命令すると、従う将兵達は静かに武装を検めた。


 輜重部隊が到着したという歓喜の報せはすぐに恐怖へと転じた。輜重部隊は突如として剣を抜き、襲いかかってきたのである。気が緩み、腹いっぱいに喰えると思っていた双堅軍将兵は、恐慌状態となった。

 「おのれ!血迷ったか!」

 双堅は、輜重部隊が襲ってきたと知って当初は味方の寝返りだと思ったが、どうやら近甲藩の軍勢が輜重部隊に化けていると次第に分かってきた。

 「佐家め!成り上がり者に尻尾を振るか!」

 ここに至って双堅はようやく条元と近甲藩の繋がりを思い出した。しかし、後の祭りであった。

 「防げ!所詮は小勢よ!」

 双堅は檄を飛ばすが、同時に逃げ出す算段もしていた。

 

 双堅軍の混乱は堂上から見て取れた。双堅軍の後方で小競り合いのようなものが起きているのがはっきりと分かった。

 「何でしょう?同士討ちでしょうか?それとも殿が……」

 藤可が城壁の上から身を乗り出すように眺めていた。

 「どちらでもいい。敵が混乱しているのは明か。出るぞ」

 謝玄逸には年長者としての経験と老練さがあった。理由がどうあれ、敵に混乱の様子があればその混乱に拍車をかけるのが戦場での常道である。その決断が遅れれば、戦場での勝利も遠のくということも当然知っていた。

 謝玄逸は城門を開かせて敵陣に突撃した。双堅軍からするとまさかの敵襲であったろう。全軍の前後で混乱が発生し、双堅軍は軍としての秩序を失っていった。

 「くそっ!一舎ほど退くぞ!」

 堂上からも敵が出撃し、攻撃を受けたと知った双堅は一時的な撤退を決断した。一舎ほど撤退し、再攻撃を考えていたが、態勢を立て直す前に条元軍が見北領から帰ってきたと知って、自藩に戻らざるを得なくなった。以後、双堅は美堂藩に攻め込むことができず、数年後には条元に攻め滅ぼされる憂き目に遭うのであった。

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