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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~72~

 勢い勇んで美堂藩を侵略した双堅であったが、多少あてのはずれたところがあった。双堅からすれば、途中で邑を襲って兵糧を奪っていくつもりであったが、どの邑も無人に等しく食糧なども残されていなかった。美堂藩は小藩であるため輜重部隊などなくても略奪だけで充分兵糧を賄えると考えていただけに、この状況は完全に想定外であった。

 「すぐに兵糧を送るように命じろ。おそらくは堂上までこの調子であろう」

 双堅は藩都に伝令を送る一方で進軍を止めなかった。一日過ぎるごとに条元に利することになるぐらい双堅も理解していた。

 堂上に至るまで双堅軍は抵抗を受けることはなかった。双堅もそれが敵の戦略であることは気がついていた。だから堂上近郊に到着して城塞化している堂上を見た時は驚かされた。

 「条元は金の使い道と言うものを知っているらしい」

 藩主となった条元は私欲に走ることなく、美堂藩の豊かな経済力を民衆の生活力の向上と軍事力に振り向けていた。堂上の城塞化はまさにその賜物であり、それほどの経済力を持つ美堂藩のことを双堅は羨ましくもあった。

 『ならば尚のこと、美堂藩を手に入れたい』

 双堅はすぐさま堂上への攻撃を命じた。


 堂上は見北領の領都季陽と同様に円形の城壁を有していた。しかし、城壁としての完成度は季陽のものとは比べ物にならなかった。城壁の高さもさることながら、円形といいながらも所々外へと飛び出した突起のような場所が数か所あり、上空から見れば波打った線で描かれた円形という方が正確であるかもしれなかった。その突起となった部分の合間に城門が設けられており、双堅軍は当然ながらそこに殺到した。

 これこそ条元の思うつぼであった。双堅軍はちょうど窪みに入り込み、左右を城壁に挟まれた格好となった。

 「射掛けよ!」

 前線で指揮する藤可は城壁内部に潜ませていた弓兵に矢を射掛けさせた。左右から降り注ぐ矢を防ぐ術がない双堅軍は一時的に撤退するしかなかった。このようなことが各方面で起こり、攻撃開始から一週間が過ぎてもわずかに城門に傷をつけることが精一杯であった。

 「流石は我らが殿です。城壁はびくともしておりません」

 藤可は得意満面で言った。藤可からすれば、それほど実戦経験のない自分がここまで完全に敵に勝利できているのが嬉しいのだろう。

 「勝つのはよいことじゃ。しかし、油断は禁物。どれ、前線の将兵を激励しよう」

 条耀子は事も無げに言った。こういう気軽さが条耀子にあった。

 「御方様。身重であられるのに……」

 謝玄逸が心配したのも当然であった。条耀子の腹は随分と大きくなっていた。

 「多少動いた方が調子がいい。それに私が藩主の妻としての責務をせずに美堂藩が滅亡することがあれば、この子も生きてはいまい」

 条耀子はそう言って前線督励に向かった。城壁に籠り、敵軍と渡り合っていた将兵が感激したのは言うまでもない。身重な藩主の奥方が前線まで来てこれまの戦いについて労ってくれたのである。

 「頑張ってくれているようじゃな。ありがたいことじゃ。だが、無理はするなよ。疲れたら交代して寝て、腹が減ればたらふく食え。食糧のことは気にするな。旦那様の弟殿が食いきれんほどの食糧を溜めこんでおる」

 条耀子は末端の兵士にも声をかけた。士気が上がらないわけがなく、城壁に籠る兵士達は敵兵を一人も通さぬ覚悟で戦に挑んでいた。


 双堅の美堂藩侵入に反応したのは美堂藩の人々だけではなかった。条耀子が救援を求めた近甲藩も即座に行動に移した。

 「殿。今こそ条元殿に借りを返す時です。どうかご決断を」

 佐家の家宰に収まっている談符憲は、堂上からの報せを受けると即座に藩主である佐干甫に進言した。もし佐干甫が拒否したとしても、一人救援に駆けつけるつもりでいた。しかし、佐干甫は非常は藩主ではなかった。

 「勿論のことだ。条元殿は近甲藩の不正義を正し、私を藩主にしてくれた。この程度のことで借りを返すという方がおこがましい。符憲、すぐに軍を編成せよ。いや、それでは遅い。大甲にある戦力だけで行く」

 今にでも出撃しようとする佐干甫を落ち着かせた談符憲は、ひとまず自らが大甲に常駐している軍勢を率いて美堂藩救援に駆けつけた。この迅速な行動が早期に堂上を救うこととなった。

 談符憲は戦場において独特の勘を働かせることができた。この時もすぐに双堅軍の背後を襲うような真似をせず、

 「情報で聞く双堅軍の陣容を見れば輜重部隊がいないように思われる。ということは双堅は本国に兵糧を送らすだろう。それを奪ってやろう」

 背後から奇襲を仕掛ければ、成功したとしても相手は主戦力である本隊なので味方の消耗も激しくなる。一方で輜重部隊には護衛程度の戦力しかないと思われるので撃破も簡単であるし、敵に与える精神的な損害も大きい。

 「双堅は美堂藩に不慣れであるはずから間道などは使うまい。主たる街道を押さえて輜重部隊の存在を掴め」

 談符憲は斥候を走らせた。談符憲の予測通り、双堅が派遣させた輜重部隊は街道を南下していた。しかも談符憲がいる場所から目と鼻の先である。

 「条元殿は本当に運に恵まれている。そうだな……ふん、使えるぞ」

 談符憲は双堅軍の輜重部隊を襲ってこれを壊滅させると、運んでいた兵糧だけではなく、軍旗や装備品まで奪った。それを配下に着せて、まるで双堅軍健在であるかのように装った。

 「これで無事に双堅軍の背後に近づけるぞ」

 談符憲には戦場における狡猾さもあった。談符憲は佐家の家宰ながらこの後も条元を助け、主君である佐干甫とともに条国建国の功臣となるのであった。

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