栄華の坂~71~
条元の屋敷の中庭に家臣達が集められた。誰もが堂上が迎えようとしている危機を知っていた。知ったうえで集まってきたということは、その危機を条家と一緒に乗り越えようとしている者達ばかりと見てよかった。
その中には藤可の姿もあった。かつて箕家の家臣団の中で有力な五家のひとつであった藤可には別の選択肢はあった。双堅に協力し、条家を排除することである。そうすれば多少領地を減らされたとしても、美堂藩の次の藩主となることもできた。
しかし、藤可はその選択肢を選ばなかった。
『条元に付き従うと決めた以上、最後まで付き従うべきだ。それに私は藩主の器ではない』
藤可にはそんな妙な律義さがあった。その律義さがこそが後になって藤可の立身を助けることになる。ともあれ、この場に藤可と謝玄逸の姿があることは他の家臣達を安心させることになった。
「聞け!我が夫がいぬ間に双山のこそ泥が我が領地を狙っておる」
中庭に集まった家臣達に対して条耀子は声を張り上げた。
「我が夫は斎文公子の命に従って項家を討ち、新家を討とうとしている。その大義を理解せず、火事場泥棒のように攻めてきた畜生に等しい双堅に好きにさせていいのか!」
否否、と家臣達は声を上げる。
「その不逞の畜生に我らの領地が荒らされていいわけがない。戦うのだ。卑怯で下劣な輩に、我が夫が信じた諸君が負けるはずがない」
条耀子が戦うのだ、ともう一度叫ぶと、家臣達は応応と返答した。
多くの家臣達が条耀子に神々しさを感じていた。子を身ごもった腹を抱えたまま真摯な表情で演説しているのである。心を打たないわけがなかった。
「聞いての通りだ。御方様の決意はあくまでも戦の一字じゃ。徹底的に堂上を守り抜くのだ。一日守り抜けばそれだけ我らの勝ちは確実になる」
続いて声を上げたのは謝玄逸。実質的に堂上の防衛指揮を執るのは彼しかいなかった。藤可は副将となり、籠城の準備が即座に始められた。
条隆は才覚の塊のような男であった。戦場で刀槍をもって戦うことはできないが、それ以外のことについては条隆ほどの才人はこの当時いなかったであろう。
『もし我が弟でなければ、この乱世で天下を獲っていたのは間違いなく隆であろう』
後になって条元がそう述懐するほど、条隆の才気は乱世でいかんなく輝いていた。この時も条耀子の許可をもらうと、黄絨など白竜商会の使用人を使って食糧を買い占めた。これは食糧を敵に盗られることを防ぐと同時に、戦の混乱で食糧の価格を抑えるためでもあった。
「安心されよ。堂上の安全は姉上が守ってくださり、食はこの条隆が保証する」
条隆は買い占めた食糧を惜しみなく堂上の民衆に分け与えた。多くの者がこれを喜び、進んで兵士になる若者も後を絶たなかった。また堂上以外に住む民衆への対処も忘れておらず、条耀子と相談して以下のような触れを出した。
「敵が来れば素直に逃げるのだ。もし家屋を壊されたりすれば、戦が終わり次第立て直すことだろう」
これまで中原では多くの戦が行われてきたが、このような形で民衆の被害について徹底的に補償をした君主はいなかった。民衆達は安心して逃げ出すことができ、攻め入った双山軍は食糧を略奪することも、民衆を徴発することもできなかった。
堂上を守る条家軍の戦術は徹底していた。
「とにかく堂上から一歩も外に出ぬことです。数で劣る我らが唯一敵に利するところがあるとすればそれは地の利しかありません」
戦闘の指揮を執る謝玄逸が確認するように条耀子に言った。父と娘の関係ではあるが、今は主君の奥方と家臣という関係であった。
「無論じゃな。そのためにも旦那様は堂上を改造されたのじゃ」
条元は美堂藩の藩主となってから堂上の防衛力を強化していた。城壁を厚く高くし、攻め難いように複雑な形状に作り替えていた。
「食糧については安心してくだされ。堂上にいる全員が一年はたらふく食えるだけの量を備蓄しております」
「流石は弟殿だ。これで安心して籠城ができるというものじゃ」
条隆の報告に条耀子は満足そうに頷いた。
「後は敵を待つだけですな。できれば、来て欲しくないものですが」
藤可の感想は誰しもが抱くものであった。しかし、そのようなことが今更起きようはずがなく、準備が終わった翌々日には双山軍が姿を見せた。
一方で季陽において双山軍の侵略を知った条元は怒りを隠さなかった。
「破廉恥な奴だ。協力する素振りを見せて、隙があれば襲いかかってくるか!」
「殿。いかがしましょう?」
「春。ここはお前に任せる。俺は半分の手勢を率いて救援に駆けつける」
「承知しました」
言うや否や条元は出立の準備を大声で命じていた。その語気に強い怒りが宿っていた。




