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七国春秋  作者: 弥生遼
栄華の坂
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栄華の坂~70~

 見北領を手に入れた条元の矛先が新合領に向くのも当然であった。条元はそのまま見北領の季陽に腰を落ち着かせ、民衆を撫育して占領政策を実施しながらも、視線は新合領に向けられていた。

 条元のもとには近隣の諸侯が馳せ参じるようになっていた。いずれも恭順や協力を申し出るものである。ただし、表向きは斎文に対してであった。それでも今の条元からすれば十分であるが、その者達の中に新淳の姿はなかった。

 「新淳は熱心な国慶信者だ。文様に恭順も協力もいまい。寧ろ、逆に我らを討伐してくるだろう。そこを討つ」

 「しかし、殿。堂上を空けすぎています。ここは俺に任せて、一度帰還されてはいかがですか?」

 これからの戦略について打ち合わせしていると、条春が進言してきた。

 「ふむ。心配はあるまい。堂上には隆がおるし、我が妻もいる。それにいざという時には符憲が駆けつけてくれる」

 現在、条元は南方に力を注いでいる。それができるのも北方の双山藩、大甲藩とは比較的良好な関係を保っているからであった。特に大甲藩とは攻守同盟を結んでおり、藩主の佐干甫も条元のことを兄事していて、よもや裏切られる心配などしていなかった。

 双山藩についても同様である。同盟こそ結んでいないが、条元が項董を討伐する際には進んで兵糧を提供してくれたのである。

 「双山の双堅は狡猾だが、計算のできる男だ。俺が勝ち続けていれば、勝ち馬に乗り続けようとするだろう」

 「ま、兄貴がそういうのなら……」

 条春は納得したようであった。この武勇に優れた弟は、いまだに二人きりになると条元のことを兄貴と呼ぶことがあった。

 「それよりも今は新合領のことだ。新淳は費閑に使者を出して援軍を求めるだろう。その援軍が来る前に叩き潰す」

 条元には目の前のことしか見えていなかった。後に条国を建国する男として、栄華の坂を一心不乱に駆け上がっていく条元であったが、この時ばかりは目が曇っていたといっていかもしれなかった。その曇りが条家最大の危機を迎えることになった。双山藩の双堅が突如として美堂藩を攻めてきたのである。


 双山藩は美堂藩の北西に位置している。領土面積は美堂藩の三倍以上ある大藩であった。

 藩主は双堅。年の頃は条元より年長であり、成り上がり者の条元のことを低く見ていたものの、表立ってそれを顕にすることはなかった。寧ろ勢いのあるうちは追従して、その勢いが続くのであれば勝ち馬に乗り続け、落ち目になれば一気に刃を向けて美堂藩を乗っ取ってやろうと考えていた。

 条元が見北領への侵攻を開始すると、その戦局を注視していた。

 『腐っても項家だ。条元に勢いがあっても戦は一年以上かかるだろう』

 双堅はそう見ていた。しかし、予想に反して条元は半年足らずで見北領を征服し、項家を滅ぼしてしまった。そして見北領の領都季陽に居座っている。明かに新合領をも狙っており、間違いなくこれを支配下に置くであろう。そうなれば双堅の胸によぎるのは、勝ち馬に乗っている快感ではなく、条元への恐怖であった。

 『条元は新合が片付くと、矛先をこちらに向けるかもしれない……』

 これは双堅の妄想でしかなった。時としてこの手の妄想は、それを抱く者には現実として映り、突拍子もない行動へと移すのであった。

 「条元は季陽を動く様子がない。軍勢のほとんども堂上を空けている。この隙に一気に堂上を占領してしまおう」

 藩主である双堅の提案に家臣達は反対しなかった。それほどこの時の堂上は隙だらけであった。反対がないと知った双堅はすぐさま軍勢を集め、美堂藩へと進軍した。その数は五百名あまりであった。


 双山藩の軍勢が藩境を侵そうとしている。その報せを受けた条隆は、大いに動揺した。自分に軍事の才能などないと知っている条隆からすると、ただでさえ主戦力が留守という圧倒的寡兵のなかで双山藩の軍を撃退できるはずがないと思っていたからだ。条隆は同じく留守を預かる条耀子のもとに駆けつけた。

 「姉上!い、今すぐに兄上を呼び戻しましょう」

 大慌ての条隆に対して、条耀子は落ち着き払っていた。条耀子はすでに第一子を出産し、今は第二子を身ごもっている条耀子は傍らに父である謝玄逸を控えさせていた。

 「弟殿。落ち着かれるのじゃ。慌てたとて旦那様が飛んで帰って来るわけではない」

 「それはそうですが……」

 「当然、旦那様には早馬を出した。それと大甲藩にも救援を依頼した。しかし、到着するには時間がかかろう。それまでは我らで相手をするのじゃ」

 条耀子は前髪をかき上げた。現れた二つの瞳には力強い光が宿っていた。条元と条春がいない今、自分が堂上の防衛を指揮しなければならないと勝手に思っていた条隆は、その任務を義姉に委ねるべきだと判断した。

 『所詮、私は補佐役だ』

 この時ほど条隆が自分の立場を理解した瞬間はなかった。

 「姉上、ぜひとも家臣達にもお言葉を。そして、何なりとお申し付けください」

 「うむ。堂上に住まう家臣達を中庭に集めるのじゃ。そして弟殿は堂上周辺の余った食糧を買い集めるのじゃ」

 急げ、と条耀子が命じたので、条隆は飛び出していった。

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